はじめに
当メディアの「ブロックチェーン業界マップ大公開 ~製造業編~」で紹介しているように、製造業においてもブロックチェーン・分散型台帳技術(DLT)の活用が進んでいます。日本の主力産業である自動車産業も例外ではありません。
現在、自動車産業は「100年に一度の大変革の時代」と言われており、電気自動車(EV)や自動運転車の普及、ConnectedやSharingを前提としたビジネスモデルの再構築が迫られています。
そんな状況のなか、モビリティ産業におけるブロックチェーン・DLTの標準化と普及を推し進めるコンソーシアムが、2018年5月に設立された「MOBI」(Mobility Open Blockchain Initiative)です。本記事ではMOBIの概要とその取り組みについて紹介していきます。
ホンダも参加する巨大コンソーシアム「MOBI」とは?
MOBIは、モビリティ産業におけるブロックチェーン・DLTの標準化と採用を促進する非営利団体でありイニシアチブです。自動車メーカーや部品メーカー、非営利団体、政府機関、テクノロジー企業など、80以上の企業・団体で構成されており、日本からは「ホンダ」や「デンソー」「SB Drive (softbank)」「Toyota Mobility Foundation」などが参画しています(2020年4月23日現在)。
その他にも「BMW」や「フォード」、「ゼネラルモーターズ」(GM)、「ルノー」といった大手自動車メーカーが参画しており、MOBIは合計で世界の自動車生産量の70%以上を占めている巨大コンソーシアムです(2018年5月20日時点)。
また、「Consensys」や「Enterprise Ethereum Alliance」、「Hyperledger」や「R3」など、エンタープライズ向けブロックチェーンの基盤を担う代表的な企業やコミュニティもメンバーとして名を連ねています。また、つい先日(2020年4月23日)にはRipple社もコンソーシアムへの参加が確認されています。
なお、MOBIの創業者兼CEOを務めるChris Ballinger氏は、トヨタ自動車の先進開発を担う「トヨタ・リサーチ・インスティテュート」(TRI)の元CFO兼モビリティサービスの責任者だった人物です。
ブロックチェーン(DLT)やIoT、AIなどを使い、モビリティ業界の課題をクリアする
MOBIは、ブロックチェーン(DLT)やIoT、AIといったテクノロジーを活用して、自動車をはじめとした交通手段を、より環境に優しく効率的で、手頃な価格で利用できる社会の実現を目指しています。
その背景にあるのは、特に都市部において自動車をはじめとしたモビリティが抱えている環境汚染や交通渋滞、交通事故といった課題です。
国連の報告によれば、2050年までに都市部の人口は50%増加し、自動車などによる環境汚染が進むと言われています。また、世界では毎年125万人が交通事故で亡くなっているのが現状です。
さらに、自動車関連の事業者サイドから見ると、規模の不経済性(一定規模以上の生産量になると費用に対する収益率が下がる性質)という課題も抱えています。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響で、自動車産業のサプライチェーン管理におけるデータ連携の非効率性や不透明さといった課題も明らかになっているようです。
参考:自動車産業に訪れる100年に一度の大変革。ブロックチェーンが生き残り戦略の1つ 〜世界の自動車メーカー70%が加盟する合弁会社MOBI深尾氏が業界の未来を語る、Happy (Second) Birthday MOBI! – dltMOBI
MOBIのワーキンググループごとに標準化・普及を推進
MOBIでは必要なテーマごとに、参加メンバーがワーキンググループを組織しています。2020年4月23日現在、研究が進められているのは以下のワーキンググループです。
- 車両アイデンティティ(VID:Vehicle Identity)
- 利用ベース自動車保険
- 電気自動車(EV)と電力供給網の統合
- コネクテッドモビリティ&データマーケットプレイス
- 金融・証券化・スマートコントラクト
- サプライチェーン
各テーマごとに標準化が進められており、次のセクションで紹介するようにVIDについては、すでに標準規格のVersion 1.0が発行されており、ホンダなどが参加する概念実証(PoC)が行われています。
MOBIの主な取り組み
これまでのMOBIの主な取り組みを紹介していきましょう。
標準規格の策定
車両固有のID(VID)
2019年7月、MOBIの最初の標準規格「VID Standard」が発表されました。VIDは自動車を判別するためのユニークな識別子としてブロックチェーン・DLT上に存在し続けます。VIDはウォレットと紐付けられ、ウォレットでは所有者や保証、走行距離や製造証明書などの重要な情報が管理されます。
また、VIDが付与された車両がネットワークに接続されることで、V2X(車車間・路車間通信)のペイメントトランザクションが可能です。支払いが生じる場面としては、利用ベース自動車保険や渋滞課金、カーボンフットプリント管理(環境負荷に応じた課金やインセンティブの付与)などが想定されます。
さらに、モビリティが得たデータをマーケットプレイス上で収益化する際にも、VIDが起点となります。VIDはモビリティを取り巻く様々なシステム・サービスの基盤となるため、重要な規格なのです。
参考:VID Standard
なお、MOBIの発表したVID Standardは、ブロックチェーンベースのIoTソリューションを提供する企業「Filament」が提供するプラットフォームで採用される予定となっています。2020年は生産が開始される予定でしたが、2020年4月23日現在、Filament社のWebサイトへのアクセスができない状態です。
参考:Filament adopts MOBI’s VID for car blockchain product
ホンダなどが協力し電気自動車と次世代送電網(Grid)の統合規格を開発
2020年10月6日には、ブロックチェーンベースのEVGI(Electric Vehicle Grid Integration)標準規格が発表されました。電気自動車(EV)と建物などがつながる送電網(Grid)の統合に関する規格であり、以下の3つのコアユースケースに必要なシステム設計とデータスキーマが含まれています。
- 車両とグリッド(送電網)の統合(Vehicle to Grid)
- 炭素クレジットのトークン化(Tokenized Carbon Credits)
- P2P(Peer to Peer)アプリケーション
EVGI規格を参照して開発することで、電力供給インフラとしての電気自動車(EV)の活用が期待できます。例えば、太陽光発電を電源とする施設で天候の変化によって電力供給が足りなくなった場合、駐車場に停車する電気自動車に電気を融通してもらうといった利用方法が考えられます。電気自動車の所有者には、対価としてトークンが供給されるといったインセンティブ設計も可能です。
今後、策定されたEVGI規格を基にした実証実験が、欧米で行われると見られています。
参考:ホンダなど100社、EVの電気を建物と融通しやすく、MOBI Announces the First Electric Vehicle Grid Integration Standard on Blockchain in Collaboration with Honda, PG&E, and GM Among Others
VIDを用いた自動決済サービスの概念実証
2019年10月には、VID Standardを用いたテスト実装の概念実証(PoC)が発表されました。車両間ネットワークと電気自動車(EV)による自動決済をテストするものであり、このPoCにはBMWとフォード、GM、ルノー、ホンダが参加しています。
ブロックチェーン・DLTを介して駐車場や高速道路などの支払いが可能になりますが、支払いは個人や企業の銀行口座からではなく、各VIDに紐付けられたウォレットから直接行われます。そして、この支払いは、モビリティが検出したイベントをトリガーとするスマートコントラクトによって自動執行されます。したがって、決済の自動化が期待できるのです。
ブロックチェーン・DLT上で動くスマートコントラクトによる自動決済は、低コストかつ少額の決済を可能にするため、きめ細かな従量課金やMaaS(MaaS:Mobility as a Service)との統合を後押しする可能性があります。
MOBI Grand Challenge
MOBIは「MOBI Grand Challenge」と呼ばれるプログラムを定期的に開催しており、モビリティ分野でブロックチェーン・DLTを活用した事業・企画の提案を募っています。2020年4月までに計2回開催されており、各回の優勝チームは以下の通りです。
- Chorus Mobility:V2Xの決済プロトコル開発。人とクルマ、車両同士、クルマとインフラ(道路など)が通信し、決済する手段を提供する
- Pravici:公共機関向けのトークン発行ソリューション開発。民間企業や市民が望ましい行動をとるインセンティブとして、トークン(ロイヤリティポイント)を発行・流通させる
参考:Chorus mobility wins blockchain MOBI challenge、MGC2 – Pravici TLP Applied to Citopia Use-Case、The Mobi Grand Challenge Winners
なお、1回目のイベントでは「ブロックチェーン×モビリティ」であれば比較的自由に提案できましたが、2回目は「より良い、より環境に優しい、よりスマートな都市行動と都市のモビリティ行動のための人々へのインセンティブ」に焦点を当てて、企画が募集されました。
まとめ
本記事で紹介したMOBIは、自動車業界における巨大なコンソーシアムです。エンタープライズ向けのブロックチェーン・DLT活用においては、どれだけ広く関係者を巻き込めるかが重要となってくるため、MOBIは有力なイニシアチブだと言えるでしょう。2019年には初めての標準規格「VID Standard」を発表し、概念実証もスタートさせています。
2020年2月にサプライチェーンのワーキンググループを発足などの活動自体はあるものの、新たな標準規格や大きな実証実験に関する発表はありません。一部のメーカーでは、自社グループ内でのブロックチェーン関連の実証実験を優先させる動きもあります。
参考:トヨタ、ブロックチェーンを使った実証実験を実サービスに近い環境で2020年度中に開始
とはいえ、MOBIが自動車業界における巨大コンソーシアムであることに、変わりはなく、強力なメンバーを巻き込んでの新たな動きも期待されます。今後、ブロックチェーン・DLTがモビリティ分野で普及する上で、どのような役割を果たせるかが注目されます。
なお、BaaS info!!では自動車業界のみならず、製造業においてブロックチェーンに取り組むプレイヤーの業界マップを公開しています。こちらもぜひご覧ください。
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ブロックチェーン業界マップ大公開~製造業編