企業のパブリックブロックチェーン活用事例―アート作品の証明による価値創出

企業のパブリックブロックチェーン活用事例―アート作品の証明による価値創出

はじめに

2021年3月、「週刊少年ジャンプ」などを発行する「株式会社集英社」がブロックチェーン証明書を活用したマンガアート事業「SMAH」(SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE)をスタートしました。マンガアートとは、その名の通りマンガをアートとして位置づけたものです。

アートの来歴・真贋証明にブロックチェーンが活用されており、集英社はプレスリリースでマンガアートの価値を保証し、次世代へと継承していくと同時にマンガアート市場の創出を目指していくとしています。

参考:集英社「マンガアート」の世界販売事業SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE を開始

同事業にはスタートアップの「スタートバーン株式会社(以下スタートバーン)」のブロックチェーン証明書発行サービス「Startbahn Cert.」が導入されました。Startbahn Cert.では同社が構築するネットワーク「Startrail」を活用されており、Startrailはパブリックチェーンのイーサリアムを活用したものです(作品の証明書にはNFTにも使われるERC721を採用)。

本記事では集英社の取り組みと共に、ブロックチェーンを活用した証明を行う実稼働サービスとしてのStartbahn Cert.およびStartrailについて紹介していきます。

ブロックチェーン×マンガアート、集英社の新事業「SMAH」とは?

「SMAH」(SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE)は、集英社の有するマンガ原画のデジタルアーカイブを活用し、マンガをアートと位置づけ世界販売する取り組みです。「マンガを、受け継がれるべきアートに」をビジョンに掲げており、販売するマンガアートの来歴と本物である証明をブロックチェーンで担保します。

また、アート作品としての品質を担保する観点から、耐光性のあるインクや美術館や博物館での作品収蔵にも使われる保存性の高い用紙を使用、各作品のエディションは5-20枚限定です。

なお、SMAHに関係する集英社以外の企業としては、ブロックチェーン活用にはスタートバーンが、カラープリントでは「セイコーエプソン株式会社」と「エプソン販売株式会社」、活版平台印刷では「共同印刷グループ」と「蔦共印刷株式会社」が担当しています。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000212.000011454.html

マンガ原画のデジタルアーカイブが始められた背景としては、そもそもマンガの原画が接着剤で貼られたセリフの写植や染料インクで描かれたカラーの経年劣化により、変色および脱色しやすい代物だという点があります。

そのため集英社では、2008年からマンガのカラー原画を高精細でスキャン・撮影を行い、作品情報とともにアーカイブしていくといったマンガ関連のデジタルアーカイブ事業を開始していました。

マンガアートはSMAHの専用サイトで購入可能です。SMAHサイトローンチ時には、尾田栄一郎さんの『ONE PIECE』や、池田理代子さんの『ベルサイユのばら』など、名作マンガがラインナップとして登場しています。

https://mangaart.jp/about/label

マンガアートでも活用されるブロックチェーン証明書とそのメリット

https://cert.startbahn.io/ja

SMAHのマンガアートには、スタートバーンが提供・販売する「Startbahn Cert.」が導入されています。Startbahn Cert.はブロックチェーン証明書と証明データを表示するためのICタグを発行・管理できるサービスです。

ブロックチェーン上で発行される証明書は集英社のマンガアートに限らず、様々なアート作品に対して活用されています。例えば、「SBIアートオークション」で落札された作品に対しては、ブロックチェーン証明書の無料発行が可能です。

参考:https://startbahn.jp/sbi-art-auction_20201030/

ブロックチェーン上の証明書は、作品に貼付または同封されているICタグを読み取ることで、所有者は自分のアート作品の証明情報や来歴を確認できます。

https://help.cert.startbahn.io/hc/ja/articles/360049105853-IC%E3%82%BF%E3%82%B0%E3%81%AE%E7%A8%AE%E9%A1%9E%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6

アート作品(実物)とブロックチェーン証明書(電子データ)の所有者を一致させる必要はありますが、データの複製や改ざんが困難なブロックチェーンを用いることで、作品の真贋判定コストを削減可能です。

さらに、イーサリアムブロックチェーンとサービスが継続する限り、所有者の変更履歴を将来にわたって追えるため、来歴証明にも活用できます。作品がどこを経由しているのかが分かるのです。

来歴管理について

譲渡や販売によって所有者が変わる場合は、変更手続きを行う必要があります。この手続きによって、ブロックチェーン上の証明書と実際の所有者(作品の来歴)を一致させています。具体的な手順については、公式のヘルプページで説明されています。

なお、実物と作品証明書の紐付け(実体とデータのズレ)はブロックチェーンのみによって解決される問題ではありません。Startbahn Cert.(正確には後述するStartrail。Startbahn Cert.はStartrailというインフラを用いたサービス)では、作品の特徴(形・色・素材など)を撮影しブロックチェーン上に保存・照合する方法、(投票などの)非中央集権的なプロセスによる意思決定を行う中立組織による情報修正が問題への対処法として検討されています。

参考:https://startrail.io/whitepaper/startrail_wp_ja_v1.2.pdf、18p

Startrailとは?

ブロックチェーン証明書発行サービスStartbahn Cert.を手掛けるスタートバーンでは、アート作品の登録・来歴管理・流通および著作権管理支援・収益分配のためのネットワークであるStartrailを開発しています。

Startrailはイーサリアムブロックチェーンを活用しており、これまで言及してきたアート証明書はERC721という規格に準じて発行されています(いわゆる非代替性トークンNFT)。

また、Startrailではブロックチェーンによる作品証明の普及を見据え、異なるブロックチェーンやその他システム間での相互運用性(インターオペラビリティ)を実現するよう設計されています。ブロックチェーンによる作品証明・来歴管理のネットワークはStartrail以外にも事例があり、異なるネットワーク間での証明情報の移転は重要です。

Startrailではネットワーク間の価値移動を仲介する「ゲートウェイ企業」(信頼できる仲介者)によってインターオペラビリティの問題に対応する設計が行われています。

https://startrail.io/whitepaper/startrail_wp_ja_v1.2.pdf、25p

上図のように、ゲートウェイ企業は移動前のブロックチェーン上の証明書データを使用できないようにして(ロックする)、移転先のブロックチェーン上で同等の証明書データを新たに発行する仕組みになっています。

さらに、Startraiではシステムをアップデートするための協議会が設置されています。協議会はスタートバーン社による中央集権的な運営ではなく、非中央集権的な意思決定に基づいて中立的に運営される予定です。実際に協議会への外部からの参加者も募集されています。

アート市場の課題解決を目指す、一技術としてのブロックチェーン

Startrailのような新しいソリューションが立ち上がった背景には、当然ながら解決したい課題が存在します。アート市場に関する課題としては、贋作の問題や二次流通市場における作品の著作権管理、新たな流通管理手法への対応が挙げられます。

課題の一因としては、流通するアート作品の出所と来歴がほぼ不明である上に、作品情報を管理するシステムの整備についても不十分であったことが挙げられます。そのため、アート作品に関する真贋判定には、多大な時間や労力が割かれていました。

Startrailは上記のようなアート市場の課題を解決するために、構築されたネットワークです。パブリックブロックチェーンを用いてアート作品の著作権や来歴管理を行うことで、真贋判定や二次流通の追跡を行うコストを下げ、必要に応じて作家への還元金をプログラム的に実現可能です(還元金=二次流通で作品が販売された際に売却額の一部を作家に支払うもの)。

Startrailの利用方法

Startrailを利用するにはアカウントを作成し、ネットワーク上に作品を登録する必要があります。一度、作品を登録すると、ブロックチェーン上に証明書が発行され、作品に関する所有権証明と来歴記録が可能になる仕組みです。

上記で得たブロックチェーンによる作品証明書を活用した場合、作品の二次利用(二次創作を含む)における著作権管理やエディション管理などが、スマートコントラクトで管理されます。

また、作者である「アーティスト」と、作品を扱う「ハンドラー(ギャラリーなどのアート関連事業者や非営利のアート関連機関が含まれる)」双方の意向がマッチングする形で、作品の流通・管理が可能です。

Startrailを利用すると、アート作品の所有者は証明書情報の閲覧が簡単にできるようになります。ほかにもアート作品の流通に関わる事業者は、ユーザーインターフェースを通じて証明書の発行・移転が可能です。

参考:https://startrail.io/whitepaper/startrail_wp_ja_v1.2.pdf

パブリックチェーンは原則書き込まれたデータが誰でも閲覧できるので、今回の事例のようなアート作品の流通履歴の証明をパブリックチェーンで行うと、プライバシーの問題が生じると思った方もいるかもしれません。

ただ、Startrailでは作品の取引金額や購入者の名前は原則記録されないようになっています。この辺りの説明については、スタートバーン社が公式サイトで説明していますので、興味のある方はぜひご覧ください。

参考:https://startbahn.jp/youtube-nakata-university-20200925/

欧州ブランド企業によるArianeeではパーミッション型ブロックチェーンを採用

ブロックチェーンによる真贋判定や来歴管理は、Startrail以外のプロジェクトでも取り組まれています。その一例である「Arianee(アリアニー)」は、ブランド品の偽造品問題へ対応しています。Arianeeはブランド品に対して、ブロックチェーン証明書を発行することで、そのブランド価値を担保するためのデジタル・パスポート・プラットフォームです。

そして、ArianeeではStartrailと同様にイーサリアムのERC721規格に準じた証明書を発行しています。ArianeeはStartrailとは異なり、パーミッション型のブロックチェーンが採用されていますが、共通の規格が使われている点は注目すべきポイントだと言えるでしょう。

Arianeeについては以下の記事でも紹介しているので、興味のある方はぜひご覧ください。

▼詳細はこちら 
高級ブランド×ブロックチェーンの事例紹介!偽造品防止やエシカル消費、新たな市場開拓も?

まとめ

アートで活用するブロックチェーン証明書の可能性として、集英社によるマンガアートおよびスタートバーン社の事例を紹介してきました。アート作品の流通には、贋物と来歴証明に関する課題がよく取り上げられています。

スタートバーンが手がけるStartrailが特徴的な点は、アート作品に関する情報をパブリックチェーンに記録し、来歴管理を行っている点です。さらに、異なるブロックチェーン間で証明書の移転を行うインターオペラビリティの実現も設計に組み込まれており、他のプラットフォームとの連携も想定されています。

今回は企業によるパブリックチェーン活用事例として、アート作品の真贋判定や来歴管理への適用を取り上げました。今後もパブリックチェーンの活用事例は増えていくと考えられるため、BaaS info!!でも継続的に取り上げていく予定です。


本記事のStartrailに関する記述は、2020年3月6日付で公開されたStartrailのホワイトペーパーv1.1に基づいています。

編集:原伶磨

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