はじめに
高級ブランド業界は長年、偽造品や著作権を侵害する類似品の存在によって経済的な損失を被っていると言われています。
ブランド品だけの推計ではありませんが、OECD(経済協力開発機構)が公開した報告書によると、2016年に偽造品と著作権侵害物の取引額は過去最高を更新しました。その金額は5,090億ドルと推計され、世界の貿易額のおよそ3.3%を占めているのです。
この状況に対して、いくつかの高級ブランドはブロックチェーン(分散型台帳技術)やRFID(自動認識技術の一種)などを活用した対策に取り組んでいます。高級ブランド市場の世界最大手であり、ルイ・ヴィトンを擁する複合企業「LVMH」の事例は、当メディアでも過去に紹介しました。
本記事では、偽造品・著作権侵害の対策としてブロックチェーンが有用な理由を改めて整理した上で、高級ブランド業界の事例を紹介していきましょう。
高級ブランドはなぜブロックチェーンを検討しているのか?
真正品の判別に利用できる
高級ブランドがブロックチェーンを使う主な理由は、トレーサビリティの高度化が期待できるからです。RFIDやセンサーなどと組み合わせることで、サプライチェーンの上流から下流に至るまで原料や製品を追跡できるため、真正品を判別するシステムを構築できるようになります。
流通過程の記録や証明書などは、商品をスマホなどでスキャンすれば確認できるので、真贋(しんがん)判定がスムーズになるのです。
ブロックチェーンの利点
ブランド品の真贋判定に使う場合、ブロックチェーンの主な利点は以下の通りだと考えられます。
- データの改ざんが困難
- 共通基盤での情報管理(情報が一元化されるので、個別アイテムの参照が容易)
- 自動検証(スマートコントラクトによる条件遵守のチェック)
上記の利点はブランド業界だけではなく、サプライチェーン全体にも適用可能です。現状の課題を例示すると以下の図のようになります。
サプライチェーンには多くの関係者と工程が存在しているため、データ連携の難易度が高く、デジタル化を阻む一因となっていました。そこにブロックチェーンを導入することで、組織間での製品情報やステータスの共有がしやすくなっているのです。
このようなトレーサビリティの高度化によって、事業者や地域を跨いだ真正商品の追跡がしやすくなるため、高級ブランドはブロックチェーンの活用を始めているのです。
なお、サプライチェーンマネジメントにブロックチェーンを活用する際のポイントやAzure Blockchain Workbenchを使ったデモアプリの紹介を行っていますので、興味のある方は以下の記事もご覧ください。
▼詳細はこちら
SCM×ブロックチェーン 適用事例 ~まとめページ~
持続可能性・エシカルを重視する消費者への適応やバーチャルブランドという切り口も
基本的に高級ブランドがブロックチェーンを利用して解決したい課題は、偽造品・著作権侵害物の排除だと考えられますが、同時に消費者の共感を得るツールとして利用される事例もあります。このようなアプローチの背景としては、主に40歳以下の若い世代(ミレニアル世代以降)を中心に、持続可能性やエシカルな(倫理的な)商品を求める価値観が広がっていることが挙げられるでしょう。
例えば、ファストファッションブランド「H&M」のハイエンドライン「COS」は、環境に優しい素材を採用している証明をブロックチェーン(VeChain Thor)の活用によって、消費者に公開する取り組みを始めています。
ほかにも、ゲームやVR内のアバター向け高級デジタルグッズの唯一性や希少性を証明するためにブロックチェーンを活用する事例も出てきています。例えば、2019年5月には約100万の“仮想ドレス”がオークションで落札されました。バーチャル高級品は市場規模は小さいながらも成長すると見られているのです。
高級ブランド×ブロックチェーン事例紹介
当メディアではすでに紹介しているLVMHの取り組みのほかにも、複数の高級ブランドでブロックチェーンの活用事例が出てきています。いくつか紹介していきましょう。
なお、LVMHの事例について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
▼詳細はこちら
【事例】ブロックチェーン×ヴィトン(LVMH) ~高級ブランド真正品証明~
高級時計ブランド
まず、高級時計ブランド「VACHERON CONSTANTIN」(ヴァシュロン・コンスタンタン)は、2019年5月から商品の真贋判定にブロックチェーンを導入し始めています。VACHERON CONSTANTINは、高級ブランド市場第3位の「RICHEMONT」(リシュモン)傘下のブランドであり、3大時計ブランドと称される世界最古の時計ブランドです(1755年創業)。
同ブランドは最初の導入事例として、ビンテージモデルのコレクション「Les Collectionneurs」(レ・コレクショナー)の鑑定書をブロックチェーンに記録しました。時計の販売時に唯一性のあるトークン(EthereumのERC-721)を発行し、デジタルIDとして活用することで真贋判定を可能にしているのです。
鑑定書は専用アプリで閲覧でき、所有権の変更はスマホでQRコードを読み取れば完了します(使用イメージは以下の動画が参考になります)。
その他にも、スイスの時計ブランド「Breitling」(ブライトリング)は2020年3月、同社の限定版モデルの証明書をブロックチェーンで管理すると発表しました。VACHERON CONSTANTINの事例と同様に、アプリとトークンを用いた所有権管理が行われています。
参考:The Arianee project
前述した時計ブランド2社は、「Arianee」(アリアニー)というコンソーシアムに参加しています。Arianeeは主として欧州の高級ブランドや開発企業などが参画し、パリに拠点を置く非営利団体です。
Ethereumベースのパーミッション型(許可型)チェーンを運営しており、コンセンサスアルゴリズムとしてはProof of Authorityが採用されています。前述の事例でもArianeeのブロックチェーンが採用されています。
その他、証明書トークンの保持者(消費者)とブランド間で、匿名でのコミュニケーションが取れるサービスも提供されているようです。
高級ブランドのEC市場
近年、高級ブランドのEC市場が拡大しており、新品・中古品を問わず、EC領域での偽造品防止が課題となっています。
この課題に対して、EC大手の「Alibaba」(阿里巴巴)は2018年から、運営するtoC向けのECサイト「Tmall」(天猫)や、高級ブランド特化サイト「Tmall Luxury Pavilion」の商品管理にブロックチェーンを導入しています。前述した時計ブランドの事例のように、消費者はQRコードをスキャンすることで、商品の来歴や品質の検査情報などを閲覧可能です。
また、アジアの高級ブランドEC大手「Reebonz」(リーボンズ)も、ブロックチェーン(VeChain Thor)を用いた真贋判定システムを構築しています。Reebonzのシステムにおいても、消費者はQRコードをスキャンして商品の来歴を判別可能です。
その他、世界各地で展開している高級ブランドEC大手「Farfetch」(ファーフェッチ)はファッション業界の企業として唯一、「Facebook」などが参加するデジタル通貨のコンソーシアム「Libra Association」のメンバーとなっています。同社の具体的な取り組みは明らかになっていませんが、決済あるいは偽造品防止の文脈でブロックチェーンの活用を模索していると考えられるでしょう。
ダイヤモンドの追跡
ダイヤモンドのような宝石に関しては、偽造品や紛争地域における武器調達の資金源となっているなどの問題が指摘されており、ブロックチェーンを活用した追跡が有効だと考えられています。このアプローチにいち早く取り組んでいるのが、2015年に設立された企業「Everledger」です。
同社は、ダイヤモンドの形状やサイズ、カラット数などをブロックチェーンに記録することで、宝飾品をめぐる不正などを解決しようとしています。どのブランドと提携しているかは明らかにされていませんが、2019年10月には機密情報の管理・保護について定めた規格「ISO 27001」を取得するなど、企業として着実に発展を続けると言えるでしょう。
また、Everledger社は宝石業界の他にもワインや高級品、アート市場などを対象にしたブロックチェーンベースのソリューションを提供しています。
まとめ
本記事でも紹介したように、一部の高級ブランドは偽造品・著作権侵害物への対策として、ブロックチェーンの導入を進めています。また、トレーサビリティの透明性向上やトークンの活用によって、消費者にも新しい価値を提供できる可能性があると言えるでしょう。
高級ブランド業界でのブロックチェーン活用については今後も広がっていく可能性があり、業界全体での取り組みも期待されます。
参考資料
偽造品取引は世界の貿易の3.3%を占め、増え続けている(OECDニュースルーム)
世界のラグジュアリー企業ランキング 2019(デロイト)
VeChain’s Partnership with H&M Expands to high-end brand COS(VeChain 101)
仮想アイテムが高額化 100万円のデジタルドレスも(日本経済新聞)
Origin Story: Vacheron Constantin Harnesses Blockchain To Authenticate Its Vintage Watches(Forbes)
腕時計をブロックチェーンに登録──ブライトリング、真正性を証明(CoinDesk Japan)
Arianee whitepaper
Tmall Blockchain Traceability Solution Powered by Alibaba Cloud
Everledger | Tech for Good Blockchain Solutions