Opening Lineはブロックチェーン技術の社会実装になぜSymbolを選択したのか|Opening Line テクニカルディレクター 岡田和也|インタビュー

Opening Lineはブロックチェーン技術の社会実装になぜSymbolを選択したのか|Opening Line テクニカルディレクター 岡田和也|インタビュー

はじめに

ブロックチェーンメディア「BaaS info!!」(バース・インフォ)では、ブロックチェーン業界で活躍する方々へのインタビュー記事を不定期で掲載しています。

※過去のインタビューはこちら

今回のゲストは、ブロックチェーン技術による「安心・安全・協調」な社会の実現を理念に掲げ、製造業、セキュリティ、ヘルスケア、介護福祉、教育など、さまざまな領域への社会実装を目指す株式会社Opening Lineのテクニカルディレクターである岡田和也さんです。インタビューでは、Opening Lineが創業より開発を進めてきたPLM(製品ライフサイクル管理)事業や、環境省が推進する「食とくらしの『グリーンライフ・ポイント』推進事業」に採択された事業ほか、各種ブロックチェーン事業について、将来のビジョンも含めて伺いました。

プロフィール
岡田和也さん
株式会社Opening Line テクニカルディレクター
2017年頃から暗号通貨、ブロックチェーンにはまり、個人でプロダクト開発やミートアップへの登壇を行う。
2018年にOpening Lineに転職。以後、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティサービスの開発やファイル共有サービスの開発などに携わる。 Symbolブロックチェーンのメインネット立ち上げ前のテストではブロック生成遅延の不具合を発生させ、デバッガーとしてチェーン安定の貢献をした。

ブロックチェーン事業の始まりは製造業におけるトレーサビリティへの応用

──最初にOpening Line創業の経緯と事業内容について伺えますか。特にPLM(製品ライフサイクル管理)領域で事業を展開する御社がブロックチェーン事業を始めたきっかけを教えてください。

わかりました。本当は弊社代表の佐々木が来てしゃべるのが一番なのですが、佐々木にはいつも創業当時の話は聞いていますので、私から創業の経緯と、私が入社した背景まで合わせてお話させていただきます。

まず、Opening Lineの創業は、2017年の4月です。佐々木は、ブロックチェーン事業をやるために起業しましたが、それ以前に約20年間、PLM事業に携わっており、前職で3DCADの管理やBOM(部品表)管理の設計・開発業務に従事しており、取引先としては自動車メーカーや航空機メーカー、重工業、家電メーカー等々、国内メーカーが主な顧客でした。

そうした事業に従事する中で、佐々木は2016年頃にブロックチェーンに出会ったといいます。その時にビットコインの論文を読んだり調査を行ったりして、ビットコインの耐改ざん性や検証可能なトピックなどに触れ、元々佐々木がやっていた製造業の領域でもシステムにブロックチェーンが適応できるのではないかと、非常に可能性を感じていたといいます。

その頃、巷ではメーカーの品質データ改ざん問題が報道されていた時期ということもあり、そうした課題の解決を目指して、製造業とブロックチェーンをテーマに、2017年4月に佐々木が仲間と一緒に起業したのが、Opening Line誕生のきっかけでした。

創業当初は、他のブロックチェーン企業の開発を手伝いながら、製造業におけるデータの改ざんをテーマに取り組んでいました。その後、2018年6月に私が参加した段階で、製造業以外にも幅広くブロックチェーン事業を広げていけるようになりました。

ちなみに私が2018年にOpening Lineに入社したいきさつですが、私は前職で主にスマートフォンアプリのエンジニアを約10年間やってきました。スマホもいいけど何か新しいこともやりたいと思うようになった矢先、2017年に前職でブロックチェーンのラボが立ち上がり、そこでブロックチェーンの勉強会を開きました。ビットコインやイーサリアムを調べるようになり、ブロックチェーンは可能性ありつつも、何かに実装するのは難しいと思っていました。

そうした中で、NEMというブロックチェーンに出会いました。NEMは、Webエンジニアにも使いやすいブロックチェーンという印象で、個人でNEMを触り始めるようになりました。NEMの機能の一つとしてアポスティーユという文書改ざんの公証システムがありますが、それを応用してもっと多くの人に利用してもらえるオープンな公証サービスを個人で開発し公開したところ、かなり周りで話題にしていただけるようになりました。そこからNEMのミートアップや勉強会にも参加するようになり、活発に活動するようになりました。

そうした活動をしていくうちに、もっとブロックチェーンの仕事をやっていきたいなと思い始めた頃に、Opening Lineがmijin(NEMのプライベートチェーン版)を使って事業をやっていたことがきっかけで、共通の知り合いの方にOpening Lineをご紹介いただきました。その当時、私が個人で開発していた文書の改ざんのサービスとOpening Lineの事業はトピック的にも重なっていたので、ジョインする形になりました。

編集部注:mijinはパブリックブロックチェーンNEM/Symbolのプライベートチェーン版であり、テックビューロ社が提供する製品です。

Opening Lineと製造業との取り組みは、佐々木が前職で付き合いがあった製造業メーカーの物流部門がトレーサビリティシステムを構築したいという要望と、それに伴う業務管理システムも一緒に構築したいというご相談から、物流のトレーサビリティシステムにブロックチェーンを使って文書改ざん防止の仕組みを組み込み構築する流れになりました。これが、製造業におけるブロックチェーンの応用事業ですね。

具体的には、ある大手半導体メーカーの物流部門の話なんですが、このメーカーと物流会社は、実際には自分ではトラックを所持しておらず、製品を出荷する際は各社に発注して配送してもらう形になっています。ただ、各社を経由するトレーサビリティ情報というのが、紙や電話、FAX、電子メールと業者間でバラバラに管理されていました。

そこで、ブロックチェーンを活用して信頼性が担保された形でトレースできないかということで、弊社が一緒に取り組ませていただきました。これはすでに稼働しているプロジェクトで、今も改良しながら動かしている状況です。

Opening Lineが、NEMやSymbolに強い理由

──ありがとうございます。製造業でもトレーサビリティの部分でブロックチェーン技術が応用されているんですね。ちなみに岡田さんといえば、DaokaさんというツイッターネームでNEMやSymbol界隈で知らない人がいないぐらい有名ですが、Opening Lineで利用されるブロックチェーンがNEMなのは、岡田さんがジョインされたこともあると思いますが、なぜNEMを使用するに至ったのかを改めて伺えますか。

先ほど私がOpening Lineにジョインするいきさつの中でもお話しましたが、ビットコインを始めとする多くのブロックチェーンは社会実装が難しいという思いがありました。

私は当初、イーサリアムでスマートコントラクトを書いて、自動執行させて何かやらせるのは面白いなぁと思いながらも、一度デプロイしたコントラクトにバグがあると修正は難しいので、実際に現場でビジネスに応用するのは難しいと思いました。

実際にサービスをリリースするまでに何回も慎重にスマートコントラクトをテストして、ようやくリリースできたとしても、バグるときはバグるのがプログラムなので、自分の中でもなかなかこれはビジネスに展開するのは厳しいと一旦頓挫しかけていました。

そんな中で、NEMはスマートコントラクトは書けないけれども、トークンをAPI経由で発行できたり、マルチシグの仕組みが最初から実装されていて、ブロックチェーンを使ったメリットが割とわかりやすくパッケージングされていました。あとは使いやすいという点で、これだったらブロックチェーンの恩恵を受けた製品も作りやすいのではないかというところで、NEM、のちのSymbolを活用していったというところです。

また、実は弊社では2018年頃は外部委託という形でブロックチェーンに強いメンバーに参加してもらいながら事業を進めていました。実際に弊社に入社してもらうようになったのは去年ぐらいからなんですね。

今も採用活動を続けていますが、やはりSymbolブロックチェーンのエンジニアを採用していくには、何かブロックチェーンの可能性を感じて自分でプロダクトを作っているような方々と一緒に社会課題を解決していきたいと考えているので、意図的に個人開発の方を探しています。

自分が人を採用するときは、結構Twitterなどを見て「この人、いいなぁ」と思った人に声をかけているんですが、実際にそういう方は、何か自分のやりたいことがあっても本職では事業としては周りを説得するのが大変だということで、自分のやりたいことは個人で開発されている人も多いんですね。なので「じゃー、うちの会社に来てブロックチェーンの活用事例を広げていきませんか」ということでお声がけをして、採用させていただいていることも少なくありません。

ブロックチェーンの普及活動も事業の一環

──以前、私はテックビューロさんが主催していたmijinのセミナーに体験取材をさせていただいたことがあるんですが、その時の講師がOpening Lineの方だったことがありました。そういうブロックチェーンの普及活動のようなこともされていたりしますよね。

そうですね、やはりエンジニアを増やしていくというのは難しく、特にブロックチェーンというと、どうしてもビットコインやイーサリアムが多くなります。そんな中で、1回Symbolブロックチェーンを触ってみることで、良さに気づくという風にはなるとは思うんですけど、実際そこまで至らない人のほうがやっぱり圧倒的に多いのかなと思っています。

なので、こういうブロックチェーンもあるんだよっていう普及活動は大切で、mijinのセミナーや、近畿大学さんと共同研究をやりつつ、近畿大学をはじめとした学生さんにブロックチェーンを紹介していくという流れで、普及活動もやっています。

関連して教育分野への進出も目指していて、今回、福岡のITeens Labさんとの共同イベント開催のプレスリリースを、8月31日に打たせていただきました。

ITeens Labさんは、小中学生向けのオンラインプログラミング教室で、2017〜18年ごろから付き合いがあります。弊社とプログラミング教室と共同で、Symbolブロックチェーンを使った「The Tower」というゲームを生徒さんに体験してもらいました。このThe Towerというゲームも個人開発されたアプリケーションです。

それをお借りして、子供たちにブロックチェーンでできることを体験してもらい、プログラミングを学んでいる子供たちが、将来、ブロックチェーンでこういうことができるのではないか?という気づきを与えるきっかけを作りました。今後も、企業向けのセミナーであったり、学生向けであったり、もっと小さなお子さんにも向けて、幅広くブロックチェーンを普及させていく活動を行っていきたいと思います。

──Symbolで何かを試してみたいという意味でも「The Tower」は面白いですね。

そうですね。やはりゲームなので親しみやすいというのもありますし、子供たちの間でも盛り上がっていました。

ゲームの開発者の方はうちの会社の人間ではないんですけれど、実際に会って話をして、結構作り込んでいるなぁと思って、ゲームをお借りしました。「NEMTUS Hackathon HACK+ 2022」で最優秀賞を受賞したゲームなんですが、受賞するのも納得する作りのゲームでしたね。

ブロックチェーンを活かしたファイル送受信クラウドソリューション「Juggle(ジャグル)

──では、次の質問に行きたいと思います。次も御社が手掛ける事業について伺います。ブロックチェーンを活用したファイル送受信クラウドソリューションの「Juggle(ジャグル)」について、どのようなサービスなのか教えてください。

Juggleは、Symbolブロックチェーンを活用したファイル共有システムです。パスワードをまったく意識することなく、ファイルを暗号化し共有できる環境が実現できるWebサービスです。使っている側はブロックチェーンを意識することなく利用できます。当社では、本システムにより企業の脱PPAPを目指しています。

実際にファイルを共有したい送信者は、送る相手を選んで、送りたいファイルをアップロードするだけです。その裏側でJuggleは受信者の公開鍵と送信者の秘密鍵を使って暗号化ファイルを作成してストレージに格納し、暗号化した復号パスワードをブロックチェーン上に記録します。

ファイル自体はストレージに置かれますが、暗号化されていますので万が一ストレージがハッキングされてファイルが盗まれても中身を読むことができません。

この暗号化ファイルはキーペアを持っている人しか開くことができず、正規のキーペアを持つ受信者の端末(PC、スマートフォンなど)のみブロックチェーン上の復号パスワードを復号し、ストレージ上の暗号化ファイルを復号可能な安全にファイル共有ができる仕組みになっています。これがJuggleのざっくりとした仕組みになっています。

https://www.opening-line.co.jp/service より

ちなみに受け取る側は、通知メールが届いて、メールに書かれたリンクをクリックしていくだけでファイルをダウンロードできます。裏側の仕組みはしっかりブロックチェーンを使って作り込んでいますが、使う側にはブロックチェーンを意識させないことを主眼に入れています。気づいたら、ブロックチェーンで安心安全で便利なシステムを実現できるというような開発を行っています。ちなみにJuggleはこれからビジネス展開をしていくところです。

──受信者側の意識としては、メールで通知を受け取ってWebサービスとして利用するというイメージですね。メールを受け取った段階でキーペアを受け取り、その人しかファイルを開くことができないということですか?

そうですね。1回利用するときにキーペアを作成して、それをもとにやりとりするような形になっています。

──サービスはこれから展開していくということですね。

サービスについては、これから一般に公開していく予定になっています。しかし、実はもうある企業には先行導入されていて、とある業界向けのデータプラットフォームにJuggleを組み込み、機密性の高いデータを保存して、本当に必要な人だけにファイルを届けるような、データの安全な利活用につなげていくような取り組みを進めています。

Juggleは、今はファイル共有に特化して開発していますが、Juggleの拡張性としてゆくゆくはさまざまなプラットフォームとつなげて、ブランド品情報の保護や、カーボン・トレーディングのデータの根拠や保護などに利用できる、安心安全な社会を実現するような基盤として展開していきたいと考え、開発を進めている段階です。

環境省の「グリーンライフ・ポイント」事業に採択された経緯

──ありがとうございます。では続いて、環境省が推進する「グリーンライフ・ポイント」事業に採択されました御社の事業である、ブロックチェーン技術を活用した環境保全活動へのポイント還元や二酸化炭素排出量トレーサビリティの基盤構築に関する事業についてお話を伺えますか。

弊社はかねてから環境省の委託事業で、脱炭素化の循環型社会の事業に取り組んでいます。具体的には、農産物の運搬の際に二酸化炭素排出が少ない運搬方法を使ったり、生産段階での再エネ利用による栽培方法を行ったりなど、地球環境に優しい農業に取り組んでいる事業者さんの農産物を購入することでポイントを付与するような仕組みのシステム構築をお手伝いしています。

その中で、環境省がグリーンライフ・ポイント事業を公募していたので、Opening Lineとしても主体的に応募しました。事業としては、今、我々の都合で東京都内の事業者さんに限定して連携しているんですが、地産農産物や商品の購入、食品ロスの削減、生産段階での再エネ利用に対するポイントを発行して、消費者の環境配慮行動の促進を目指しています。

具体的には、一つは東京都西多摩郡の瑞穂町にある「きりり農園」さんと連携して、地産地消や規格外品の有効活用を進めるために、ポイントを利用したコミュニティのつながりの可視化などを実現していきます。これから事業者さんと話し合いながら、詳細を決めていく段階ですが、やりたいこととしては、きりり農園さんの有機栽培による農作物の地産地消を目指して、農作物の購入者にポイントを付与したり、従来は廃棄されていた規格外の農作物を購入してくれた方にもポイントを付与していく計画です。

また、きりり農園さんは有機栽培の体験授業のようなこともやられていて、その送迎を農園が所有するエコカーを使っているんですが、エコカーを利用していただいた方にもポイントを付与していきたいと考えています。

こうした環境に良いことにつながる活動の行動変容を促すようなアクションを取りながら、きりり農園さんのコミュニティを育成するということに関しても、ブロックチェーンのトークンを活用しつつ、消費者の行動を可視化していきたいと考えています。

もう一つは、東京都台東区蔵前にあるコーヒーを焙煎して販売している縁の木さんと提携し、リサイクル商品や規格外品を活用した商品を購入した際に得られるポイントを用いて、台東区の地域コミュニティの活性化を目指すために、ここも一緒に何か解決できたらなと考えて連携を始めています。

また、この先の企画も考えてはいるんですが、まだ事業者さんや開発者ともコンセンサスが取れていないので具体的には話せませんが、地域活性化の部分ではスタンプラリーみたいなこともできたらいいなぁと考えています。

──御社のビジネスモデルとして、ポイントサービスやトークン発行するような事業モデルがよく見られますが、これはSymbolやNEMの持つトークンの発行のしやすさのようなところも影響していらっしゃいますか。

ありますね。弊社で公開したサービスで、歩くことでコインが獲得できる「FiFiC」というアプリがあるんですが、これはコインを貯めてお店のサービスと交換できるという健康促進アプリなんですね。FiFiCもNEMを使ったアプリです。

今でこそ歩くことでポイントがもらえるアプリは増えましたが、この手のアプリは基本的にポイントが1種類なんですが、FiFiCは地域や状況によって別のトークンを発行し利用することもできる仕様になっています。基本はFiFiCコインというトークンを使用しますが、実際に宮古島で開催されたイベント「宮古島冬まつり」とのコラボではイベント限定で宮古島限定の地域通貨としてマリンコインを発行し、島内だけで利用しました。そういうことが容易にできるのもNEMやSymbolなんですね。

やはりSymbolやNEMは、ユースケースに応じてトークンを発行しやすいというところがあるので、それを積極的に活用して地域事業を進めているというところはあります。

社会貢献活動やSDGsのゴールを目指すOpening Line

──それと、今回の環境省のグリーンライフ・ポイント事業のように、社会貢献活動やSDGsのゴールを目指す事業が御社の事業には多く見られますが、そこは積極的に取り組んでいこうとされているのでしょうか。

そうですね。弊社がこれまでいろいろな方々と事業を進めてきた中で、SDGsのゴールを目指している事業者さんや環境に優しい活動をされている事業者さんと知り合うことも多く、我々も感化されて、そういうところにも力を入れていきたいと思うようになりました。

我々に相談にくる事業者さんの中に「脱炭素」をキーワードにご相談いただく方が結構いらっしゃいまして、気づいたらそういう領域に我々も進んでいました。ですので、我々も縁を感じていまして、ブロックチェーンを使って社会貢献ができるなら、積極的に取り組んでいこうと思いまして、今回もグリーンライフ・ポイント事業の公募に参加したという経緯になります。

──縁があってということでしたが、御社のこれまでの活動を見ていると、ますますそういうご相談がしたくなりますよね。次の質問もまた、ちょっと方向性が似ているのかなと思いますが、御社の「3ステップウォレット」も社会貢献活動に近いと思いますが、これについてもその内容や仕組みについて伺えますか。

「3ステップウォレット」は、知的障がい者の方や認知症患者の方でも健常者と同じように自由なタイミングで、ネットショッピングやキャッシュレス決済が利用できるアプリケーションです。

3ステップウォレットの開発者は、松本さんといって去年Opening Lineに入社したメンバーで、実はその前から結構長いお付き合いがあって、「3ステップウォレット」については以前から開発の支援をさせていただいていました。

松本さんは元々エンジニアではなく、障がい者支援員をやられていた方でした。支援員という立場のときに、施設の入居者でゲームソフトを買いたくても、健常者のようにすぐにAmazonで購入して翌日に入手したり、オンラインでダウンロードしたりするわけにはいかない、ということを経験されたといいます。

施設に入居中の障がい者の方がゲームを購入したい場合、まず保護者か後見人に連絡します。保護者や後見人の方に承認をもらい、そこから一緒に買い物に行ってくれるガイドヘルパーさんを予約しますが、ガイドヘルパーさんのスケジュール都合で、店頭でゲームを購入あるいは予約するという状態だったので、障がい者の方の手元にゲームが届くまでには1ヵ月近くかかることもあったそうです。

そもそも、そんなに時間がかかってしまっては、そのゲームは「本当に欲しかったんだっけ?」となりかねず、その仕組み自体が障がい者の方の自立を促すボトルネックになるのではないかという懸念もありました。

そうした中で松本さんはこの課題をブロックチェーンアプリで解決できないかと思ったそうです。最初は誰かにアプリを作ってもらおうと考えていたようですが、なかなかうまくいかずコストもかかるので、一念発起して松本さん自身がプログラミングを勉強して自分でアプリを作ろうと考えたといいます。

松本さんは、ブロックチェーンやビットコインについては以前から知っていて、そういえばNEMにはマルチシグという機能があったなということで、それを使えばもしかしたら障がい者の方が保護者や後見人の承認を経てゲームを購入するプロセスに応用できるのではないかとひらめいたそうです。それが、3ステップウォレットですね。

アプリの初出は、実は2019年3月にブロックチェーン推進協会(BCCC)が主催した『第2回仮想通貨「じゃない!」ブロックチェーンアプリコンテスト』に参加し「知的障がい者のネットショッピングを可能にするアプリ」として出したのが最初です。

当時はまだ松本さんは弊社の社員ではなかったんですが、いいアイデアだったので、Opening Lineのメンバーとしてコンテストに出ないかということで一緒に参加しました。結果としてその時に賞をいただきアプリはかなり反響をいただきました。

コンテスト当初、アプリはNEMで開発していましたが、これを本格的に作っていこうということで、今はSymbolで開発を進めています。この間、松本さん自身も障がい者支援員を辞められて、本格的に開発者として活動されていらしたんですが、弊社が人材不足でエンジニアを強化していきたいということで、2021年に松本さんにお声がけして弊社に入社していただくことになりました。

──タイミング的にもSymbolのローンチ(2021年3月)と重なり、3ステップウォレットの仕組みはSymbolの機能とますますマッチしていて、とても興味深い経緯ですね。

そうですね、マルチシグの機能はビットコインなどにもありますが、Symbolのマルチシグは他のブロックチェーンと違い、オンライン上に未承認のトランザクションを投げてネットワーク上でそれを承認して実行できるという機能があります。そこはSymbolならではの強力な仕組みなので、そういった機能を活かしつつ開発をしていきたいと考えています。

今の3ステップウォレットのステータスとしては、具体的な実証は見えています。あとはスケールするためにビジネスとしてどう展開していくかを検討しています。ここは実は難しさがあって、実際には、補助金事業などを探したり、キャッシュレス決済の事業者さんとの提携ができないかなどを検討しながら、開発を進めている段階です。

──ちなみに、その部分の難しさというのは、決済の仕組みとしての暗号資産の持つボラティリティ(価格変動率)等の難しさですか。

決済部分に関しては、たしかに暗号資産のボラティリティの問題はあります。それを解決するには実際にSymbolブロックチェーン上でステーブルコインのようなものを発行するという方法もありますが、これも難しいと思います。

しかし、マルチシグに関しては、次善策としては承認の部分はSymbolブロックチェーンの機能を活用しつつ、Symbolブロックチェーンの中でエビデンスとして承認が取れたら、実際に動いている既存のキャッシュレスサービスにつなげて、決済はそっちで実行するようにすることで、暗号資産の難しさの部分については解消することができると思います。

現状は、やはりすでに使われている決済システムにつなげていかないとワークしていかないと思っていて、実際に社会実装する上で重要だと考えています。

──逆に、そこがないと実社会で使ってもらえないというふうにお考えということでしょうか。

そうですね。なんだかんだ言って、やはりペイメントブームはクレジットカードとか、電子マネーやQRコード決済が非常に強力な要素なので無視できません。むしろ取り入れていかないと、社会実装としては難しい部分があると思います。

暗号資産だけで決済できればいいですが、理想と現実とのバランスを取りながらやっていければなと思っております。

──ありがとうございます。では、次の質問にいきたいと思います。御社は2022年7月に米Microsoft社が提供するスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」に採択されましたが、スタートアップとしてどのような支援を受けていらっしゃるのか伺えますか。

マイクロソフトさんには、大変お世話になっております。実際の支援内容としては、事実上使い放題に近いくらいのAzure利用枠のご支援をいただいていて、我々が運用するSymbolのノードはAzure上に構築しています。また、これから開発を進めていくグリーンライフ・ポイント事業についても、Azureを使ってシステムを構築しようと思っています。

実際に作業を進めていく中で、実は我々はAzureを使うのが初めてなので、いろいろ調べながら進めているところもあるんですが、そこに関しても、マイクロソフトさんの弊社担当の方にご相談に乗っていただくなど、技術支援の部分でもかなりご支援いただいています。

ほかにもMicrosoft for Startupsに採択されたスタートアップさんとのネットワークで、Web3やブロックチェーン関連の企業の方々との交流会を開いていただいたり、そうした場所でお互いに意見交換ができたりして助かっています。

また、こうしたメディア取材やイベントの登壇のお話をいただくこともあって、その都度参加させていただいています。弊社は採択されてまだ3カ月ほどなんですが、すでにいろいろとサポートいただいて助かっております。

Opening Lineのこれから

──ありがとうございます。それでは最後の質問になりますが、御社の今後の展開について現在のプロジェクトのお話でもいいですし、また新たにやってみたいことも含めて将来的な夢を伺えますか。

ホームページにも掲げていますが、Opening Lineとしては社会に「安心・安全・協調」を提供することを目指し、ブロックチェーンの恩恵というのを提供していければなと思っています。特にその中でも2017年にOpening Lineが立ち上がったいきさつから、製造業や、その他企業に向けたブロックチェーンの適用を目指していきたいと考えています。

元々、弊社代表の佐々木が取り組んできたPLM事業であったり、そういった事業に対してのデータの保護であったり、トレーサビリティの仕組みにブロックチェーンを使って展開していきます。

他方で、ほかの領域に対してもブロックチェーンを適用していきたい、社会に対して安心・安全を提供していきたいという思いもあり、先ほど述べた3ステップウォレットのような介護福祉の領域であったり、またヘルスケアであったり、ゼロ・カーボンのような環境保護であったり、いろいろ展開していきたいですね。ブロックチェーンは、フィンテック寄りのイメージが強いんですが、我々としては、フィンテック以外にも様々な領域でブロックチェーンを活用しながら広めていきたいと考えています。

また、技術的なところでは、個人情報や機密文書の管理という部分も、Juggleという製品も出しているので、しっかりとやっていきたいと考えています。ここに関しては、近畿大学さんとDID(分散型ID)の研究を共同で行っているので、そういった連携も取りながら、我々の目指すさまざまな領域へのブロックチェーンの社会実装を行い、安心・安全・協調社会の実現を目指していきたいと思います。

──ありがとうございます。すいません、本当の最後にもう一つ、Web3についてどのようなイメージを持っていらっしゃいますか。Juggleは、Web3の方向性に近い印象も受けるのですが、いかがですか。

そうですね。なかなかWeb3という言葉は、NFTもそうですが、話す相手によって捉え方が全然違うなと感じるところはありますね。

Web3って何だろうというところから話さなければならないところもあるんですけど、これは会社としてではなく個人的な解釈ではありますが、今までのWeb技術はどっかにデータを預けていたり、そのパーミッションというのは握られている部分があるんですけど、そこをWeb3で、コントロールする権限というのを自分のところに持ってくるのがWeb3の肝になってくるのかなと思っています。

なので、個人に力を持っていくというところは、Web3の可能性としては大きいのかなと思います。

──ありがとうございました。

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