【事例】ブロックチェーンで保険業務の効率化は可能か?証跡としての活用も

【事例】ブロックチェーンで保険業務の効率化は可能か?証跡としての活用も

はじめに

近年、保険業界では、様々なテクノロジーの活用が進められています。活用例の一部ではありますが、以下のようなものが挙げられるでしょう。

  • 自動車に搭載されたIoTセンサーと収集・分析されたデータを活用し、個別リスクに応じて保険料を算出するテレマティクス保険
  • ドローンによる台風や地震の損害状況調査
  • 機械学習を活用したより精度の高いリスク予測

テレマティクスとは?:通信(Telecommunication)と情報科学(Informatics)を組み合わせた造語であり、自動車などに通信システムを利用して情報サービスを提供する技術のこと。

ブロックチェーン技術も例外ではなく、保険業界での活用が進められています。適応領域は健康保険や損害保険、保険会社が加入する再保険など様々です。本記事では、保険業界に焦点を当て、ブロックチェーンの活用事例を紹介していきます。

保険業界の課題とブロックチェーン活用の可能性を整理する

ブロックチェーンに書き込まれたデータは、事後的な改ざんが困難であるため、関係者間での情報連携の効率化が可能です。したがって、例えば、共有台帳に記録された情報をひとつの事実として扱い、異なる保険会社や医療機関、鑑定会社などの関係各社で、参照するといった使い方が考えられます。

さらに、ブロックチェーンを活用した情報連携は、保険関連各社が争う必要のない非競争領域での業務プロセスを合理化したりできる可能性も秘めています。

ブロックチェーンによる業務効率化が実証された好例が、2016年12月〜2017年3月に「東京海上日動火災保険株式会社」と「株式会社NTTデータ」によって行われた実証実験です。同実証実験では、外航貨物の海上保険の申込みにかかる時間や、保険会社内での入力作業の時間が大きく短縮される効果が確認されました(所要時間を約8割短縮)。

保険業界の課題とブロックチェーンが活用できるポイント

保険業界において、ブロックチェーンの活用が効果的だと考えられる課題は以下の通りです。

  • 煩雑なバックオフィス業務
  • 保険契約における不正(例:既往歴を秘匿するなど)
  • 申込み手続きの複雑さ、契約締結までの期間の長期化
  • より適切な保険料の算出要求
  • 保険金支払までの期間の長期化

端的に記すと、ブロックチェーンを適用できる課題は、関係者間の情報共有・連携が効率化されることで改善・解決される種類のものです。

前述の東京海上日動とNTTデータの事例は、まさにブロックチェーンを用いた情報共有・連携の効率化の結果と言えるでしょう。従来は紙ベースで行われていた組織間の情報共有や、外部データを手入力でシステムに打ち込んでいた業務が電子化・合理化されるメリットは大きいのです。

実際に適用可能な業務例

実際に適用可能な業務例をいくつか挙げてみましょう。

査定・調査結果の共有業務

例えば、保険業務における引受査定や支払査定、損害調査の結果といったデータを電子的に共有することで、書類の発送にかかるコスト(発送費・人件費)などを削減可能です。そして同様のメリットは、多くの書類を国を越えてやり取りする必要のある外航貨物の海上保険などでも享受できます。

引受査定とは?:保険契約時に申込人から提供された情報に基づいて、保険の引受が可能かどうかを判断すること。

保険引受の査定業務(不正防止)

また、保険引受に該当しない者(反社会的勢力など)かどうかの査定自動化も期待できます。例えば、金融機関が個別で管理する反社情報を、ブロックチェーンを活用して共有するといった方法が考えられます。

実際には要件に応じて、ブロックチェーンに記録するデータのや使用する基盤の選定が必要です。

他にも、過去に保険金の不正受給(保険金詐欺)を働いた人物をブロックリスト化してブロックチェーンで管理し、各社で共有することで、当該人物の保険引受を拒否する仕組みも実現可能です。

なお、似たようなアプローチとして、ブロックチェーン上で管理されたEHR(Electronic Health Record)と連携し、既往歴の秘匿を防ぐことも期待できます。

EHRとは?:過去の検査結果や予防接種、服薬の記録など患者に関する幅広い医療データの集合体のことで、従来の電子カルテとは異なり、他の機関との共有を前提としています。Electronic Health Recordの略。

保険金の支払い業務

情報共有が効率化すると、保険金支払いまでの期間を短縮できます。場合によっては、スマートコントラクトを活用したほぼリアルタイムな保険金支払いも実現可能です。

2017年の時点で、航空機遅延保険「fizzy」というサービスが既にテストされていました。Ethereumとスマートコントラクトを用いており、航空機が2時間以上遅れた場合に搭乗予定者のウォレットに保険金が支払われる仕組みです。ただし、同サービスは2020年9月現在クローズしています。

保険業界におけるブロックチェーンの活用事例

それでは保険業界におけるブロックチェーンの活用事例を紹介していきましょう。なお、ひと口に保険業界といっても分野ごとに取り組みには差があり、ブロックチェーンの活用にもっとも積極的なのが、損害保険や再保険の分野だと言われています。

B3i Services AG(再保険ブロックチェーンイニシアチブ「B3i」関連企業)

「B3i(Blockchain Insurance Industry Initiative)」は、2016年に欧州の保険会社や再保険会社5社によって設立されたスイスに拠点を置くコンソーシアムです。

再保険とは?:保険者がリスク分散などを目的として、保有する保険責任を別の保険者が引き受けるタイプの保険のこと。保険の保険。

同コンソーシアムは2018年に、世界各地の保険関連会社20社による出資によって「B3i Services AG」として法人化されました。株主としては、「Aegon」や「Swiss Re」、「Zurich」のほか、日本の「SBIグループ」や「東京海上ホールディングス」が名を連ねています。

2017年、B3iはパーミッション型ブロックチェーンのHyperledger Fabricを活用したMVP(Minimum  Viable  Product)での実証実験を成功させ、再保険取引の効率性が最大30%改善したと発表しています。

その後、設立されたB3i Service AGでは、Hyperledger FabricからCordaへと基盤を変更しており、同社はCordaの商用版である「Corda Enterprise」を用いて構築されたプラットフォーム「B3i Fluidity」の運営を行っています。

B3i Fluidity上では、Cat XoL(Catastrophe Excess of Loss)再保険市場に焦点を当てたアプリケーション(CorDapp)が提供されており、巨大災害における超過損害額の再保険(Cat XoL)に関する条項を含めた複雑な条約や取引の引受プロセスが効率化されました。2020年2月中旬には、保険会社9社、大手証券会社5社、再保険会社12社を含む20件以上のCat XoL再保険契約が、同プラットフォーム上で締結されています。

以上のような保険契約にブロックチェーンを活用するメリットとしては、情報共有の効率化に加えて監査性と契約の確実性が挙げられています。実際に、Corda上でCat XoL再保険契約を締結した企業の76%が、ブロックチェーンの活用は保険契約の監査性と契約の確実性にポジティブな影響を与えると考えているようです。

パブリックチェーン上に構築された分散型保険「Etherisc」

ここまではパーミッション型のブロックチェーン上で構築された事例を紹介してきましたが、パブリックチェーンを活用した分散型保険の事例も存在します。「Etherisc」はEthereum上で分散型保険を構築するプロジェクトであり、コミュニティベースで保険を開発できるフレームワークを提供しています。

Etherisc最初の分散型保険である「Flight Delay Insurance(航空機遅延保険)」は、2016年9月に上海で開催されたEthereum開発者の年次カンファレンス「Devcon2」で初めて発表されました。Flight Delay Insuranceでは、航空機に45分以上の遅延が生じた場合に払い戻しを受けることができます。スマートコントラクトを活用して支払いが行われており、保険会社などの仲介者がいないため、保険にかかる手数料を大きく削減可能です。

Etheriscでは、他にも基準値を超える風速のハリケーンが発生した場合の損害保険「Hurricane Protection」や、干ばつや洪水被害に対する農家向けの保険「Crop Insurance」などが開発されています。

まとめ

関係者間での情報共有の非効率性がボトルネックとなっている業務・業界において、ブロックチェーンは効果を発揮し得る技術です。これは本記事で紹介した保険業界はもちろんのこと、製造業や医療など、その他の領域でも当てはまります。

例えば、医薬品業界では、適正な製造・流通管理が行われている証跡をブロックチェーン上に残し、複数社間で共有するアプローチが可能です。

また、サプライチェーン管理の事例としては、高級ブランド品の偽造品排除にも役立てられています。

その他、自動車保険の領域でも分散型台帳技術の活用が研究されています。当メディアでは過去、分散型台帳技術「Tangle」ベースの事例として、テレマティクス保険の事例を紹介しました。

詳細は以下の記事で解説していますので、興味のある方はこちらもご覧ください。

参考資料:
保険会社におけるドローンを活用した 新たな災害調査の動き
保険事業におけるブロックチェーン技術の活用 ~発展の方向性と課題
保険×ブロックチェーン(Accenture)
テレマティクス等を活用した安全運転促進保険等 による道路交通の安全 国土交通省自動車局安全
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