決済とブロックチェーン―課題と活用事例とは?

決済とブロックチェーン―課題と活用事例とは?

はじめに

キャッシュレス決済という単語は既に広く浸透しました。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、非接触で支払いが完了する決済システムへの需要は高まっています。

利便性が高く衛生的であるため、国内でも普及率が上昇している一方で、ユーザー側から見ると決済サービスの乱立による使いづらさはあり、事業者側からすると一定の決済手数料が発生するなど、まだまだ課題がある点は否めません。

また、国際的にも決済システムの効率化・高度化を目指す動きが進められています。

国内外で決済システムをアップデートする取り組みが行われるなかで、ブロックチェーン(分散型台帳技術)やスマートコントラクトは注目されている技術のひとつです。そこで今回の記事では決済システムの課題やブロックチェーンが活用できそうなポイント、および国内事例を紹介していきます。

決済システムの課題とは?

決済手数料の高さ

決済には取引を仲介するサービス事業者に支払う手数料が発生します。サービス事業者としては「VISA」や「マスターカード」、「PayPal」など挙げられます。

手数料は小売店や飲食店など、代金を受け入れる側が負担するケースが多く、国内のキャッシュレス決済の手数料率は約5〜7%です(中小店舗向け。経済産業省の資料より)。手数料が高さは、キャッシュレス決済の導入を阻害している要因だという見方がなされています。

また、クロスボーダー取引(国際取引)の決済については、toC・toB問わず国内に閉じた決済よりも手数料が高いのが現状です。銀行やテック企業の競争により、送金コストは低下傾向にありますが、2020年2月に開催されたG20サミットでもクロスボーダー決済の手数料の高さが議題として上がるなど、改善余地があります。

参考:https://www.boj.or.jp/research/brp/psr/data/psrb200703.pdf

クロスボーダー取引による決済の遅延

クロスボーダー決済は手数料の高さだけではなく、決済完了までの遅さも課題となっています。国際取引は外貨決済が必要だったり、貿易関係者が多かったりするため、手続きが複雑で工数が多いからです。

貿易には多くの書類と確認作業が必要で、決済完了までに時間がかかります。また、送金に関しても送金者と受け手の間でいくつかの銀行を経由するため、着金までに数日〜数週間を要します。

貿易では荷物の受け渡しにも時間を要します。たとえば、貿易の際に使われ、商品(船荷)との実質的な交換券である船荷証券(B/L)が好例です。

売り主(輸出側)が船積出荷後に船会社から船荷証券を受領、貨物とは別ルートで買い主(輸入側)に船荷証券を送付します。貨物が港に到着したとき、買い主が船会社に原本を提示すると、貨物を受け取れる仕組みです。そして、決済には船荷証券と為替手形(金額・支払日を記載した証書)が必要になっています。

参考:https://lab.pasona.co.jp/trade/word/17/

国際取引は国内で完結する取引よりも関係者とプロセスが多いため、その分だけ決済に時間がかかります。不確実性もあるため、キャッシュフローの予測が立てづらいという課題が生じる可能性は否定できません。

KYC(本人確認)に関する手続きが煩雑

KYC(Know Your Customer)が煩雑である点も決済領域の課題だと言えるでしょう。KYCとは銀行口座や証券口座など、送金・決済に用いるアカウントを開設するときに必要な本人確認手続きの総称です。

「本人確認」は話者によって意味合いが微妙に異なる用語です。本人確認はざっくり表現するなら、手続きを行う人が本当に本人かどうかを確認するための作業です。

KYCにはサービス利用者がなりすましなどを行っていないかを確認し、犯罪やトラブルを防ぐ目的があります。金融機関では「犯罪収益移転防止法」のもと、マネーロンダリング等の犯罪を防ぐ目的で、口座開設時のKYCが義務付けられています。

本人確認とKYCおよびeKYCに関しては以下の記事が参考になります。

参考:https://biz.trustdock.io/column/kycekyc

KYCのための確認作業は事業者側にとって負担であるだけでなく、ユーザーにとってもコストになっています。

一般社団法人FinTech協会の推計によると、KYC の手続等で口座開設を諦めるユーザーはネット銀行やネット証券といった業界に限った試算だけで、年間延べ170万人ほど存在するようです。さらに本人確認書類の郵送コストは、少なくとも年間40億円ほど発生していると言われています。

参考:https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/fintech_kadai/pdf/006_02_00.pdf

また、複数の金融機関を利用する場合、ユーザーはKYCのために同じプロセス(運転免許書など)を踏む必要があります。

マネーロンダリングと情報漏えいのリスク

マネーロンダリングは「資金洗浄」とも訳され、麻薬取引や脱税などの犯罪で得られた資金を転々と送金し、資金の出所を分からなくする行為のことです。特に現金決済は、使われた時間や場所、目的などが分かりづらく相対的に高い匿名性があります。

こうしたマネーロンダリングの防止は金融機関の責務であり、架空の人物・企業や反社会的組織との関係を顧客情報から正確に把握しなければなりません。しかし前のセクションでも記載した通り、現状では金融機関ごとにそれぞれKYCが行われており非効率な状態です(KYCは個人・法人ともに必須)。

また、金融機関が個人・法人情報を社内データベースで集権的に管理すれば、情報流出の危険性も高くなります。

決済領域の課題にブロックチェーンが適用できる可能性は?

KYC情報の分散管理と情報共有

前のセクションでも記したように、決済システムの利用にはKYCが不可欠です。本人確認は口座番号やIDパスワード、暗証番号など、さまざまなデータを組み合わせて行われ、KYC済みの情報は金融機関などで管理されます。ただ、中央集権的に管理されているため、情報漏えいリスクがあります。

さらに、KYCは事業者・利用者の双方にとってコストとなるため、簡単で確実なID共有の仕組みが必要です。

こうした課題に対応できる要件を満たすものとして、「自己主権型アイデンティティ」が提案されています。そして、自己主権型アイデンティティを実現する技術として、分散型台帳(ブロックチェーン)が有力な選択肢となっています。

ブロックチェーンを活用した本人確認については以下の記事を読むとイメージが湧くはずです。

Azure ADを活用した分散型ID(DID)の学生証アプリ紹介
よくわかるKYCとブロックチェーン

さらに、検証可能なIDがKYC済みである情報を金融機関の間で共有することで、KYCにかかる作業を重複して行うコストを削減できる可能性があります。

こうしたKYCの高度化を狙った実証実験は国内でも行われており、2017年7月〜2018年3月には金融機関やデロイトトーマツグループらがブロックチェーンを活用したKYCの高度化プラットフォームを構築する実証を行っており、その報告書が公表されています。

https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20180713.html

参考:https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20180713.html

このようにブロックチェーンによって、KYCプロセスの簡素化や高度化が期待できます。

クロスボーダー決済の高速化と手数料の削減

もともとブロックチェーンは、分散型の送金・決済システムであるビットコインを実現するために考案された技術です。論文が発表された2008年当時はブロックチェーンという言葉は存在せず、2009年にビットコインが稼働し始めてから数年経って、その中核技術がブロックチェーンと呼ばれるようになり、様々な領域での活用が研究されはじめました。

2021年2月現在、ビットコイン自体は価格や手数料の高騰、価格変動の大きさから決済には使いづらいですが、ブロックチェーンを応用したクロスボーダー決済ネットワーク構築が進められています。

また、トークンなどによって商品がデジタル化された領域であれば、決済と商品の受け渡しを同時に行うことも可能であり、この部分は証券決済などの領域でも注目されています。

決済×ブロックチェーンの事例

ディーカレットと関西電力によるデジタル通貨の実証実験

暗号資産交換業者「株式会社ディーカレット」は2020年3月に、「関西電力株式会社」とデジタル通貨に関する実証実験を行っています。実証ではディーカレットがブロックチェーンを活用して開発する基盤システムを用いて、関西電力向けに独自のデジタル通貨が発行・管理されました。

その目的は、ブロックチェーン技術を活用した電力P2P取引における決済処理の自動化です。こうした実証実験が行われる背景としては、電力供給システムは従来の大規模集約型から分散型へと移行する過渡期にあり、将来的に家庭や商業施設など発電された電力を融通し合う(電気の消費者間で取引し合う)モデルになる可能性を見据えている、という事情があります。

実証実験では、プロシューマーと消費者で行われる電力取引の即時・自動決済が検証され、売買が成立したタイミングで料金がデジタル通貨でプロシューマー(含:プラットフォーマーへの手数料)が送付される仕組みの有効性が確認できたと発表されています。

プロシューマーとは?:自家発電した電気を消費し、余剰分は売電する生産者兼消費者のこと。生産者(Producer)と消費者(Consumer)を組み合わせた造語。

NTTグループやメガバンクによる民間デジタル通貨の実用化

2021年2月現在、民間デジタル通貨は様々な決済サービスが乱立しており、利便性を損ねているという指摘があるのが現状です。こうした課題を踏まえて、3メガバンクやNTTグループなどを含む30社超が、デジタル通貨の共通基盤の実用化に向けて取り組んでいます(2022年の実用化を目標)。

共通基盤が実用化されると、利用者は決済サービスに依存することなく横断的に決済を行えます。具体的には、PayPayを用いた決済のみに対応している店舗で、Suicaでの決済が可能になるイメージです。

参考:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66388010Y0A111C2EE9000/

取り組みは前述のディーカレットが中心となり、2020年6月に立ち上げられたデジタル通貨協議会での議論から始まっており、基盤整備に向けては同協議会を母体として設立された「デジタル通貨フォーラム」が議論を進めています。

https://www.decurret.com/assets/news/2021/02/forum_20210209report.pdf

整備される共通の決済基盤は、ブロックチェーンを活用した二層構造になる予定です。二層構造とは、電子マネー同士の相互運用性を担保する「共通領域」と、サービスごとのカスタマイズ性を担保する「付加領域」の二層のことを指しています。そしてこれらを実現する技術としてはブロックチェーン(分散型台帳技術)が有力視されています。

参考:日本におけるデジタル通貨の決済インフラを検討するデジタル通貨勉強会の最終報告書

2021年2月9日時点で、以下の企業がこの取り組みに参画しています。

株式会社三菱 UFJ 銀行、株式会社三井住友銀行、株式会社みずほ銀行、株式会社セブン銀行(株式会社セブン&アイ・ホールディングス)、NTT グループ、東日本旅客鉄道株式会社、KDDI 株式会社、株式会社インターネットイニシアティブ、森・濱田松本法律事務所、アクセンチュア株式会社、株式会社シグマクシス、イオン株式会社、ANA グループ、関西電力株式会社、京セラ株式会社、気仙沼市、株式会社ジェーシービー、住友生命保険相互会社、セコム株式会社、綜合警備保障株式会社(ALSOK)、ソニー銀行株式会社、SOMPO ホールディングス株式会社、大同生命保険株式会社、株式会社大和証券グループ本社、中部電力株式会社、TIS 株式会社、株式会社電通、東京海上日動火災保険株式会社 、株式会社東京金融取引所、凸版印刷株式会社、野村ホールディングス株式会社、株式会社日立製作所 、株式会社ファミリーマート、三井住友海上火災保険株式会社、三井住友信託銀行株式会社、三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社、株式会社ゆうちょ銀行、株式会社ローソン、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社、株式会社インテリジェント ウェイブ、SBIホールディングス株式会社、株式会社エナリス、auカブコム証券株式会社、片岡総合法律事務所、一般社団法人キャッシュレス推進協議会、xID株式会社、Securitize Japan株式会社、大日本印刷株式会社、日本住宅ローン株式会社、株式会社野村総合研究所、株式会社HashPort、阪急阪神ホールディングス株式会社、株式会社BOOSTRY、フューチャーアーキテクト株式会社、三菱UFJニコス株式会社

参考:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000039.000042886.html

JCBによる企業間取引システムの開発

クレジットカード大手の「JCB」は2022年を目途に、ブロックチェーンを用いた企業間取引システムを開発中です。具体的には、企業の受発注システムや会計ソフトを接続し、支払いと受取金額を相殺して差額のみを決済する仕組み(ネッティング)の簡素化を目指しています。

デジタルで取引履歴を管理できるようになれば、請求や支払いといった事務処理の時間を削減可能です。また、正確な取引履歴を把握できるため、取引データを必要な金融機関や監査法人のみに共有し、融資や監査に省力化に役立つと考えられています。

参考:https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF034GT0T01C20A2000000/

まとめ

他のユースケースと同様に、決済領域においても複数の主体間の情報共有にブロックチェーンが有効だと考えられます。また、送金や決済時に発生するコストの削減にも活用できるため、国内外で実証実験が行われています。


記事執筆:常木城伸
編集:原伶磨

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