この記事の目的
本記事では、近年国内外で進められている医薬品の規制強化を受け、まずは医薬品業界で想定される課題を整理しています。
そして、それらの課題に対して、ブロックチェーンやIoTといったテクノロジーがどのように活用できるかを紹介していきます。
製薬会社や物流、卸売業者の方々に向けた記事ではありますが、他業界の方々にとってもブロックチェーンの導入イメージを持つ参考になるはずです。
【課題整理】医薬品業界で想定される課題とは?
近年の国際的な医薬品への規制動向を受けて、国内でもGMP省令の施行およびGDPガイドラインの発出により、製造・物流工程で「医薬品の完全性」保持が厳格に求められるようになっています。
「医薬品の完全性」については、日本製薬団体連合会の「医薬品の適正流通(GDP)ガイドライン解説」で以下のように説明されています。
「医薬品が製造販売承認に基づき製造され、市場出荷された状態を維持し、品質の劣化、改ざん、破壊されないこと」
日本製薬団体連合会 品質委員会著「医薬品の適正流通(GDP)ガイドライン解説」より
GMP/GDPに関する国内動向の整理
国内ではまず、2005年にGMP省令が施行され、2018年にGDPガイドラインが発出されています。GMP省令は2013年に一度改正されており、2020年意向に再び改正される予定です。
2005年3月 | 医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令 施行開始(通称:GMP省令) |
2013年8月 | GMP省令 改正 |
2014年7月 | 医薬品分野での品質や査察基準の国際的な調整を図る枠組みである「PIC/S」に加盟 ※2020年8月現在、欧米各国を含む49の国と地域が加盟 |
2017年1月 | 日本国内にて、C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品が流通する事件が発生 |
2018年12月 | 医薬品の適正流通(GDP)ガイドラインが厚生労働省より発出 |
2020年 | GMP省令改正案 検討中 |
以上の変遷を見ると分かるように、 医薬品の厳格な温度管理と偽造品対策の必要性が年々高まっているのです。
医薬品管理の規制強化に対応する際の課題
医薬品の温度管理や偽造品対策は必要ですが、現状のやり方では次のような課題が生じてしまいます。
温度管理を人力で行うことの課題
医薬品の製造・物流工程では、温度管理を人力で行っており、労務負担が大きいだけでなく、温度逸脱が発生した場合でも検知できていない恐れがあります。
偽造品流入の防止策が目視での検知であることの課題
偽造品流入の防止策が目視での検知に頼っているため、見逃しが多くなってしまいます。また、サプライチェーンのどこですり替えられたかを追跡することもできません。
業者をまたぐ際の課題
製薬会社から病院に医薬品が届くまでには、複数の業者が介在しています(輸送業者や倉庫業者、医薬品の卸売業者など)。
業者をまたぐ際に、前後の過程で適切な温度管理や改ざん防止対策が行われていたかは把握できないため、製造・物流過程を一貫して、医薬品の完全性を保証することができません。
つまり、現状の温度管理および偽造品防止の対策では、GMP/GDPはもちろん、国際的な規制動向にも対応することができないのです。
【対応策】医薬品の適正な管理・流通のためのブロックチェーン×IoT ソリューション
上記の課題に対しては、ブロックチェーンおよびIoT技術を活用したソリューションが有効です。例えば、以下のような方法が考えられます。
- 工場、倉庫、輸送トラックに温度計(IoTセンサー)を設置し、製造・物流工程における温度をIoTシステムに漏れなく記録します。
- 医薬品の箱に固有のQRコードを印刷します。(※)
- 医薬品が業者間を移動する際にQRコードを読み込み、保管・輸送時の温度および流通経路をブロックチェーンに記録します。
- 病院や薬局は、仕入れの際にQRコードを読み込むと、製造・物流過程での温度が確認できます。また、ここで納品情報を記録し、複数回の読込が検知された場合は偽造品の疑いがあるものとしてメーカーへのアラートを発出します。
※ QRコードは一例です。他にもRFIDタグの取付などが考えられ、要件や予算によって適切なものを選択します 。
医薬品の管理や流通における課題に対して、ブロックチェーンを活用したシステムが有効である理由は、業者をまたいだ共有台帳を構築できるからです。会社に依存しない情報連携が行えるため、温度逸脱や偽造品流入の疑いがあるときに関係者に即時アラート、およびトレースバックが可能になります。
さらに、適切に医薬品の管理が行われているかどうかの証明が必要になった際には、共有台帳を参照することで、製薬会社はコストをかけずに、適正な管理を行っていたと証明できるようになります。
【メリット】ブロックチェーンやIoTの導入効果
ブロックチェーンとIoTを活用したシステムにより、厳格な温度管理と偽造品の流入防止を実現し、適正な管理・流通過程であることを対外的に証明することができます。 具体的には次のような効果があります。
温度管理における労務負担の削減、正確性向上
製造・物流過程における温度管理をIoTシステムにより実現することで、労務負担の削減や、温度の基準逸脱を漏れなく検知できるといった効果があります。
偽造品流入を防止するトレーサビリティの実現
ブロックチェーンで構築された共有台帳とQRコード(あるいはRFIDタグなど)を用いた偽造品の流入防止策を実施することで、検知漏れを最小化できます。また、万が一すり替えられた場合でも膨大なコストを割かずに、さかのぼって調査できるようになります。
製造・物流プロセスにおける一貫した医薬品の完全性を保証
業者をまたいだやり取りが行われる医薬品のサプライチェーンでも、製造・物流プロセスにおいて一貫して医薬品の完全性を保証することができます。したがって、GMP/GDPガイドラインに対応したシステムの構築が可能です。
【事例紹介】医薬品業界におけるブロックチェーン活用の取り組み
医薬品の温度管理や偽造品流入防止という観点でブロックチェーンを活用した事例は、国内外で見られます。主要な動きを紹介していきましょう。
日本通運の描くプラットフォーム
日本通運はアクセンチュアやインテル日本法人と提携し、ブロックチェーンやIoTを活用して、偽造医薬品を排除する取り組みを2020年に始めました。
具体的には、医薬品にRFIDタグを取り付け、包装材には温度や位置情報を読み取るセンサーを取り付けます。そして、製品が工場や倉庫などの拠点を通過する度にデータを取得するといった仕組みのようです。
最終的には、温度モニタリングや輸配送状況、在庫状況の把握、そして決済も可能なプラットフォームの実現を構想しています。
日本IBMと国内製薬大手、医療団体の提携
2019年には日本IBMと武田薬品工業や中外製薬、第一三共などの製薬大手、医療団体が提携を発表し、医療・医薬品業界におけるブロックチェーン活用の取り組みを進めています。
活用目的のひとつには偽造医薬品の防止も含まれており、その他にもEHR/PHRなどの医療関連データ・プラットフォームへのブロックチェーン適用も検討しているようです。
アメリカの製薬大手が参画するMediLedger Project
米国の医薬品業界には「DSCSA」(Drug Supply Chain Security Act / 医薬品サプライチェーンセキュリティ法)という規制があり、医薬品がパッケージ単位で追跡可能なシステムを 2023 年までに導入することが定められています。このDSCSAに対応するため、2017年に「MediLedger Project」が設立されました。
MediLedger Projectは、ファイザーなどの製薬大手や医薬品流通のアメリソース・バーゲン、全米2位の薬局チェーンであるウォルグリーンや小売大手のウォルマートなど25社を巻き込み、米食品医薬品局(FDA)の要請するパイロットプロジェクトを既に完了させています。そして、2020年2月に発表されたレポートでは、医薬品サプライチェーンの信頼性向上と透明化にブロックチェーンが有用であると報告されています。
なお、MediLedger Project で用いられているブロックチェーン基盤は、パーミッション型(許可型)のエンタープライズ向けイーサリアム(Enterprise Ethereum)です。企業がブロックチェーンを活用する際のハードルとなり得る取引データの秘匿性に関しては、ゼロ知識証明という暗号技術を利用することで、プライバシー要件を満たしています。
さいごに
医薬品業界は、GMP/GDPのみならず、国際的にも規制強化が進められています。厳格な温度管理や偽造品防止を実現するには、人力で管理したり、組織ごとに情報が分断されていたりしている現状のままでは難しいと考えられるでしょう。
そして、すでに国内外で検討が進められているように、医薬品の適正な管理には、ブロックチェーン×IoTのソリューションが有効です。
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参考資料:
医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令の取扱いについて(GMP省令)
医薬品の適正流通(GDP)ガイドライン
ブロックチェーンって,なに?
「ハーボニー配合錠」偽造品流通事案と国の偽造医薬品対策について
「世界日通」が描く医薬品物流のプラットフォーム戦略
製薬企業や医療団体と連携し、信頼性と透明性を高めることができるブロックチェーン技術の活用を推進
FDA DSCSA Pilot Project