【事例】医療や航空分野、サプライヤー管理で使われるHyperledger Fabric

【事例】医療や航空分野、サプライヤー管理で使われるHyperledger Fabric

はじめに

Bitcoinに代表されるパブリックチェーンは非中央集権型のデジタル通貨を実現し、検閲耐性などの特性を持っていますが、誰でもブロックチェーン上の情報にアクセスできます。したがって、情報を秘匿したい企業などが使うには選択しづらいブロックチェーン基盤です。

現在、パブリックチェーンから派生して、情報の公開範囲やネットワークへのアクセスが一部の参加者に限定されたパーミッション型(あるいはコンソーシアム/プライベート型)のブロックチェーン技術を利用する企業が増えてきています。

本記事で取り上げる「Hyperledger Fabric」はサプライヤー管理や航空、医療など様々な領域で活用されている主要なパーミッション型ブロックチェーン基盤のひとつです。今回はHyperledger Fabricの活用事例を紹介していきます。

【概要紹介】Hyperledger Fabricとは?

まずはHyperledger Fabricについて簡単に紹介していきます。すでに概要を知っているという方は「Hyperledger Fabricの活用事例とは?サプライヤー管理や航空、医療のケースを紹介」からご覧ください。

Hyperledger Fabricはモジュールアーキテクチャが特徴的なパーミッション型ブロックチェーン基盤です。コンセンサスや、参加者の証明書の発行や検証などを行うメンバーシップサービスプロバイダなど、様々なコンポーネントが提供されています。必要に応じてこれらコンポーネントを組み合わせて開発することになるため、比較的自由度が高い点が特徴です(ゆえに開発難易度も高くなる傾向にあります)。

サプライチェーン管理や貿易のデジタル化など、関係者の多いグローバルシステムでの適用が多く、利用例の多い主要なブロックチェーン基盤のひとつです。

また、Hyperledger Fabricは「Hyperledger」傘下のプロジェクトとして位置づけられており、開発においては「IBM」が主導しています。

Hyperledgerとは?:オープンソースの技術コンソーシアム「Linux Foundation」のサポートを受けるエンタープライズ向けブロックチェーン推進コンソーシアム。200以上の企業・高等教育機関などが参加しており、日本企業としてが「富士通」や「HITACHI」、「NEC」などが名を連ねている。

Hyperledger Fabricの活用事例とは?サプライヤー管理や航空、医療のケースを紹介

それではHyperledger Fabricの活用事例を紹介していきましょう。今回はサプライヤー管理や航空、医療分野での事例をピックアップしています。

サプライヤー管理のプラットフォーム「Trust Your Supplier」

「Trust Your Supplier(TYS)」はサプライヤー(商品やサービスの供給業者)の情報管理のためプラットフォームです。IBMとブロックチェーンコンサルティング会社「Chainyard」によって開発されており、2019年9月に公開されました。

Trust Your Supplierが解決しようとしている課題は、B2B取引におけるサプライヤー情報管理の効率化です。B2B取引では新たなサプライヤーとの取引を開始するまでのリードタイムが長くなってしまいます。特にIBMのような巨大企業にもなると、取引先となるサプライヤーの数は18,500社を超えるため、リードタイム長期化によるロスは膨大です。

こうした課題を解決しようとTrust Your Supplierは、サプライチェーン内の不正リスクの排除や、サプライヤーの品質確認や評価といった作業行程の大幅な短縮を実現しています。具体的にはHyperledger Fabric上で、サプライヤーの身元を証明するデジタルパスポートを作成し、サプライヤーはネットワーク上の承認されたバイヤーと情報共有ができるようになっています。

こうしたサプライヤー情報のデータ共有ネットワークによって、従来は45〜60日程度かかっていた新規サプライヤーのオンボーディングが、わずか3日ほどにまで短縮できるようになりました。効率化された工程としては、バイヤーとサプライヤー双方が相互に取引契約を承認する作業が挙げられます。

その他にも、Trust Your Supplierにはサプライヤーの運営状況や財務状況を分析、評価する監査機能も組み込まれており、システム全体がサードパーティによる検証機能によって保護されます。具体的には「Dun & Bradstreet」(D&B)や「Ecovadis」といったサードパーティのバリデーターがネットワークに参加しており、Trust Your Supplier上で直接バイヤーなどに外部検証と監査機能を提供しているのです。

2020年3月時点の公開情報によれば、Trust Your SupplierにはLenovoやNokia、Vodafoneなど大企業25社が参画しており、これら企業が抱えるサプライヤー数十万社に影響を与える可能性を秘めています。

当初は2020年夏から商用サービスを開始する予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、Trust Your Supplierを活用した医療物資のサプライヤー調達と在庫を可視化する「IBM RAPID Supplier Connect」というソリューションが先行リリースされました。

航空機部品のマーケットプレイス「GoDirect Trade」

「GoDirect Trade」は、米航空部品大手「Honeywell International」の航空宇宙部門「Honeywell Aerospace」が2018年後半に立ち上げた航空機部品のeコマース(電子商取引)マーケットプレイスです。GoDirect TradeはHyperledger Fabricベースで構築されており、それゆえに規制当局の認証が求められる中古の航空機部品の所有権や、使用・修理の履歴追跡が可能になっています。

GoDirect Tradeがリリースされる前の航空機部品の中古市場は、あまり成功していませんでした。航空機の部品はその完全な履歴が文書(記録)として残っている必要があります。過去にはECサイトも開設されましたが、売り手と買い手の間で部品に関する膨大な情報をやり取りする必要があり、ECの利便性を実現するには至っていませんでした。その結果、オンラインで販売される航空機部品は全体のわずか2.5%未満に留まっていたようです。

一方、Hyperledger Fabricベースで構築されたGoDirect Tradeでは、以下のような重要なデータをすぐに確認できます。

  • 部品のライフサイクル
  • 部品の稼働時間数
  • 誰がいつ、どこで行ったかを示す修理の情報
  • GoDirect Tradeに出品される以前の所有者

権限のある参加者であれば共有台帳(Hyperledger Fabric)に書き込まれたこれらデータを参照することができ、そのデータは事後的な改ざんが困難かつ時系列に沿ったものであるため、信頼性が高いといえます。部品の情報が詳細に表示され、取引スピードも早いことから、GoDirect Tradeは従来の航空機部品ECにおける課題を解決し得る注目のサービスとなっているようです。

なお、GoDirect Tradeは2020年7月時点で2,700以上の企業が利用しており、800万ドルを超えるトランザクションを処理したことが明らかになっています。

医療費情報の管理プラットフォーム「Intelligent Healthcare Network」

アメリカのヘルステック大手「Change Healthcare」は2018年1月から、医療費情報の管理に特化したブロックチェーンプラットフォーム「Intelligent Healthcare Network」をテスト運用しています。同社はアメリカの医療費全体の約28%に相当する保険金請求(約1兆ドル)を処理しており、同国において大きな影響力を持つ企業です。

Intelligent Healthcare Networkはブロックチェーンを活用することで、医療費請求にかかる管理コストの削減や請求処理の迅速化、医療費請求の管理プロセスに関する監査能力とトレーサビリティの向上を目的としています。

例えば、従来のやり方では保険の適格性チェックに7〜14日ほどかかりますが、信頼性の高いデータを電子的に共有可能なIntelligent Healthcare Networkで処理することで、定期的な健康診断であれば数分で確認が完了します。その結果、Intelligent Healthcare Networkを導入する病院や診療所では、診療した日に医療費を回収できるようになるのです。

まとめ

本記事ではHyperledger Fabricの活用事例を紹介してきました。Hyperledger Fabricはエンタープライズ向けのブロックチェーン基盤として、着実にユースケースを増やしています。

本記事で紹介した事例のほかにも、すでに商用化され多くの参加者を巻き込んでいるHyperledger Fabricベースのサービスとしては、国際貿易のデジタル化を目指すプラットフォーム「TradeLens」や食品サプライチェーン管理の「IBM Food Trust」などが挙げられます。これらの事例は当メディアの他の記事でも解説していますので、こちらもぜひご覧ください。

参考資料:
Chainyard Case Study – Hyperledger
“ポストCOVID”のサプライチェーンでブロックチェーンへの期待が高まる――IBM
Honeywell Aerospace creates multi-million dollar online parts marketplace with Hyperledger Fabric
Honeywell adds granularity to aircraft parts blockchain 
Change Healthcare Case Study – Hyperledger
Change Healthcare: enterprise blockchain with 30 million transactions per day
Change Healthcare Recognized by Frost & Sullivan for Accelerating Claims Processing with its Intelligent Healthcare Network


記事:小村海
編集:原伶磨

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