はじめに
これまで当メディアでは、様々な分野におけるブロックチェーンの活用事例を取り上げてきました。今回は法律×ブロックチェーンに関するメリットと課題について紹介していきます。
法律、とりわけ民事裁判の基準となる民事法の分野においては、個人の権利や取引に関する法律上の保護(静的安全および動的安全)が守られなければなりません。より高度な正確性や迅速な実行性が求められるため、法律分野とブロックチェーンとの親和性が高いのではないかと考えられています。
特に「スマートコントラクト」の法律分野への導入は国内外の企業が検討しており、例えば電子契約サービス大手「DocuSign」は、2015年から契約の存在証明にブロックチェーンを活用する実証実験を行っています。
参考:契約書にブロックチェーン?電子契約におけるブロックチェーン事例紹介
今回は「ブロックチェーン及びスマートコントラクトが、いかにして法律分野に導入され得るか」について、想定されるメリットや課題を見ていきましょう。
スマートコントラクトとは?
スマートコントラクトという用語は、話者によってその意味が異なります。用語自体はブロックチェーンの誕生以前から存在し、概念を提唱したのはNick Szaboという人物です(1997年)。
スマートコントラクトには「条件に応じて自動執行されるプログラム」といったニュアンスがあり、Nick Szabo氏の論文では自動販売機が事例として挙げられていました。ただ、Nick Szabo氏が提唱した(広義の)スマートコントラクトは、必ずしも法的な意味での契約とは限りません。
一方で法的観点においてスマートコントラクトとは、「法的契約を補完もしくは代替するプログラム」といったニュアンスがあります。法律分野をターゲットにしたプロジェクトでは、「広義のスマートコントラクト」と「法的契約を補完・代替するようなスマートコントラクト」を区別するために、後者について“smart legal contract”と表現される場合が少なくありません。
以降、本記事では法的契約を補完・代替するようなスマートコントラクト(smart legal contract)について、整理するものとします。
スマートコントラクトの特性
スマートコントラクトは、現実の業務において契約の条件確認から履行までを自動化(効率化)できると期待されています。その特性としては、主に以下の2点が挙げられます。
- 信頼できる「特定の第三者」が不要に
- 法的契約そのものがプログラマブルな存在に
それぞれ見ていきましょう。
1.信頼できる「特定の第三者」が不要に
スマートコントラクトを帳簿上の資産管理に用いることで、経済主体間で直接的に取引と証跡となる帳簿の更新が可能となり、「特定の第三者」の存在が不要となります。ここでの特定の第三者とは、例えば金融機関や法務局といった社会的・制度的に信頼できるとされている主体のことです。
現在のシステムでは多くの場合、資金やその他資産の管理が(第三者の管理する)帳簿によってなされており、帳簿への記録(=登記など)をもって、その資産の保有者や保有量、移転の有無や時期などが確定されます。これら帳簿の管理・運用は、信頼できる管理者の存在が前提とされています。そして、管理者の信頼性を担保するために、様々なガバナンスのフレームワークが整備され、執行されてきました。
こうした既存のアーキテクチャーでは、利害関係が対立する経済主体間において、資産の所有関係を対世的に確定する帳簿の記録管理を実現するためには、「特定の第三者」の存在が必要不可欠です。
これに対して、ブロックチェーンおよびスマートコントラクトによる資産管理が行われるようになった場合、帳簿を管理する「特定の第三者」は必須ではなくなります。つまり、これまで別々の事象として構成されていた「取引」と「帳簿の更新」とを一体的に行うことが可能になるのです。
2.法的契約そのものがプログラマブルな存在に
スマートコントラクトの特性として、それ自身がプログラマブルであるということも挙げられます。
現在の契約書は「契約当事者は何に合意したか」を明確にする機能を持つものの、それ自身は合意した内容を執行する機能を持ちません。そのため、契約に関する紛争などが発生した場合、裁判所等の紛争処理機関において債務名義(公的機関が作成した文書)を獲得することにより、国の執行機関の手を借りて契約が強制執行されるというケースがあります。
これに対して、ブロックチェーン上に契約関係を記録しておけば、プログラムによって契約の執行までをカバーすることができます。選択する基盤にも拠りますが、契約内容の記述であるスマートコントラクトは、ブロックチェーン上に送信されると(デプロイされると)改ざんが困難になるため、証跡としても利用できるのです。
法律分野へのブロックチェーン導入によるメリット
上記のようなブロックチェーン及びスマートコントラクトの特性は、法律分野において3つのメリットをもたらします。
- 取引処理および登記管理の簡略化
- 契約内容の信頼性向上
- 帳簿管理コストの削減
それぞれ説明していきましょう。
1.取引処理及び登記管理の簡略化
スマートコントラクトを活用した取引では、取引当事者のほかに帳簿管理者(信頼された特定の第三者)の存在を前提とする必要がありません。したがって、取引の複雑性を減少させられます。さらに、取引と帳簿の更新を一括して行うことで、資産の効率的な活用にも繋がります。
2.契約内容の信頼性向上
ブロックチェーンによってデータの事後的な改ざんを防止できるため、契約内容の記録や取引データを証跡として利用可能です。特権的なノードが存在しない分散型ネットワークを構築することによって単一障害点を無くし、不正リスクやネットワークがダウンするリスクなどを回避することができます。
3.帳簿管理コストの削減
ネットワーク上の各ノードによって保有されている帳簿が、同一内容である(または二重支払いなどの不正が無い)ことが保証されているため、異なる主体が保持する帳簿の突合が効率化されます。
従来は異なる主体が手元のデータを突合し、誤差の修正・原因究明を行うリコンサイル業務がコストとなっていましたが、ブロックチェーンの導入によって時間的・経済的コストの削減が可能となるのです。
法律分野へのブロックチェーン導入における課題
ただ、法律分野にブロックチェーンを導入するには、数多くの課題を乗り越えなければなりません。今回はその中でも、特にブロックチェーン技術と密接に関連する「複数の資産を取り扱うことが可能なブロックチェーン上における、資産の得喪に関する課題点」を2点紹介します。
- ブロックチェーン上の資産関係における権利帰属
- 権利関係の複雑化とスマートコントラクトの執行可能性
それぞれ説明していきましょう。
1.ブロックチェーン上の資産関係における権利帰属
民法上、貨幣は所有と占有が同一主体に帰属します。また、仮想通貨(暗号資産)についても、同様の解釈方向を指向する見解が有力に見られています。こうした状況下において、ブロックチェーン上に存在する資産の権利帰属を、いかなる法律構成で説明するべきかについて、広く問題視されているのが現状です。
ただ、帳簿の記載・記録と実体法上の権利の帰属状態について、上記にいわれるほど強固な一体性を確保している資産はほとんど存在していないというのも現状です。
実体法:権利・義務の発生・変更・消滅の要件などについて規定する法律のこと。
出典:https://kotobank.jp/word/%E5%AE%9F%E4%BD%93%E6%B3%95-74145
例えば、動産(不動産以外の物)であれば間接占有(他人を介して間接的に占有すること)によって所有と占有は分かれて帰属することとなっています。
さらに、「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」により登記を受けた物権や債権についても、物権及び金銭を目的とする指名債権について、その譲渡の登記につき第三者対抗要件としてこれを認めると定められています。(同法3条及び4条)
物権:物を直接に支配する権利のこと。典型は所有権。
債権:ある人(債権者)が、別のある人(債務者)に対して一定の給付を請求し、それを受領・保持することができる権利のこと。
指名債権:債権者が特定している債権のこと。
対抗要件:すでに当事者間で成立した法律関係が、当事者以外の第三者に対して対抗(主張)するための要件のこと。
参考:https://smtrc.jp/useful/glossary/、https://www.tabisland.ne.jp/
翻って考えると、ブロックチェーンとの関係で語られる「法定通貨」とは、現金そのものではなく、銀行預金残高として預金者が排他的に支配しているところの預金通貨のようなものを意味しているとも考えられます。
預金通貨が帳簿の記録通りに帰属しているとの社会一般的な認識は、厳格に運営されている既存の銀行制度など、様々なセーフティーネットによって担保されているに過ぎないと評価できるとすれば、ブロックチェーン上の資産の権利関係における課題も単純なものだと捉えることも可能だと言えるでしょう。
2.権利関係の複雑化とスマートコントラクトの執行可能性
ブロックチェーン上の資産の権利帰属に関する問題点は、スマートコントラクトの執行可能性の問題とも深く関連しています。ブロックチェーン上で記録を管理する場合、帳簿の書き換えができない仕様となっていることが一般的です。この不可逆性というブロックチェーンならではの特徴が、実体法上における資産の複雑な権利変動と帳簿記載との間の齟齬を生む原因となる可能性があります。
例えば、何らかの契約が取り消された場合の遡及効(民法121条)について、実体法が想定しているような「権利変動をなかったことにする」ことをブロックチェーンにて、いかにして表現するのかという問題があるのです。
遡及効:法律や法律要件の効力が、その成立以前にさかのぼって及ぶこと。
出典:https://kotobank.jp/word/%E9%81%A1%E5%8F%8A%E5%8A%B9-553701
ある資産を譲渡する取引について、取引実行から1ヵ月後に契約の取消がなされた場合に、取引実行から取消までの1ヵ月間における当該資産の帰属に関するブロックチェーン上の記録は、実体法が想定している権利の帰属と齟齬が生じることになります。
また、動産については占有に対して公信力が認められている結果、動産の占有を信頼して取引関係に入った当事者が保護されることになりますが(民法192条)、このケースにおけるブロックチェーン上の権利関係も複雑化が避けられない可能性があります。
公信力:権利の存在を推測できるような外形がある場合には、真実の権利が存在しないときにも、その外形を信頼して取引をした者に対し、真実の権利が存在したのと同様の効果を認める効力。
出典:https://kotobank.jp/word/%E5%85%AC%E4%BF%A1%E5%8A%9B-261620
以上のように、取引に関してスマートコントラクトを導入しようとした場合、そのブロックチェーン上の権利帰属と実体法上の権利帰属にズレが生じ、スマートコントラクトの執行上の障害が発生しかねません。
まとめ
以上のように、ブロックチェーン技術を法律分野に導入する場合、コスト削減などのメリットを享受できる一方で、乗り越えなければならない課題も多岐にわたります。しかし、ブロックチェーン上の記録には改ざん耐性があるため、「法律×ブロックチェーン」の親和性が高いというのも事実です。
国によっては不動産登記にブロックチェーンを用いる実証実験を、政府自らが主体となって取り組み、イノベーションを推進しているところもあります(ドバイなど)。新技術に関しては、開発途上国で一気に発展する可能性があるため、今後も要注目だと言えるでしょう。
※本記事では法律分野におけるブロックチェーンの活用可能性について記しましたが、その正確性について保証するものではありません。実際にブロックチェーン上の資産に関する権利を扱う場合は、この分野に詳しい弁護士等への相談をお勧めします。