医療現場でブロックチェーンは使えるのか?電子カルテの事例を紹介

医療現場でブロックチェーンは使えるのか?電子カルテの事例を紹介

はじめに

医療機関を受診すると、患者ひとりに対して必ず作成されるのがカルテ(診療録)です。かつては紙ベースで管理されていましたが、より効率的な管理を目的として、1999年からは電子カルテが正式に認められ、少しずつ広がっています。

また、2010年代後半からは、導入コストの低いクラウド型の電子カルテが登場し、小規模のクリニックや新規開業医を中心に導入が進んでいます。本記事ではそんな電子カルテの管理や情報共有において、ブロックチェーンがどのように使えるかを、国外事例を踏まえて紹介していきます。

電子カルテ(診療録)に関する課題

電子カルテは紙ベースのカルテに比べて、院内の情報共有を効率化したり、見読性を向上させたりするのに役立っています。一方で電子カルテの課題としてはまず、事後的な改ざんリスクが挙げられるでしょう。国内では過去、電子カルテの改ざん事件が何度も報じられています。

また、同じ人のカルテであっても医療機関ごとに散在している状況や、他の医療機関とのデータ連携が難しい点も課題です。基本的に電子カルテシステムはサイロ化されているため、運用方法やデータ形式が標準化されていません。

サイロ化されているがゆえに、新たな医療機関を受診する際には、患者自身が症状や過去の病歴、服用している薬などをゼロから説明する必要があります。過去の病歴や服用薬などを医師が完全に把握できないことが、医療事故に繋がるリスクは否定できません。

もちろん、医療データはその性質上、情報漏えいや損失リスクを最小限に抑える必要があるため、システムが閉鎖的になるのは一定の合理性があります。患者の医療データは闇市場で、クレジットカード情報より最大20倍もの高値で取引されているという報告もあり、セキュリティには細心の注意を払う必要があるのです。

一方で閉鎖的なシステムであるがゆえに、利便性は低下し、診療科ごとに個別のカスタマイズがされているケースも多いため、システムの更新やスイッチングコストが高くなっています。

ブロックチェーンが果たせる役割とは?

前述した課題のひとつ、異なる医療機関とのデータ連携に関しては、特に近年拡大しているクラウド型の電子カルテが機能として提供しつつあります。患者に対して統一IDを与え、他のクラウド電子カルテサービスと連携できるケースも増えています。

対して、電子カルテの管理にブロックチェーンを導入することで、データの事後的な改ざんを防止することが可能です。電子署名が付与され、改ざんが困難なデータを他の機関と安全に共有することで、データの安全性強化や医療機関の事務コストの削減、患者の利便性向上などが期待されます。

また、現状では患者が自身の医療データを制御することは難しいですが、ブロックチェーンベースの分散型IDシステムによって、患者からの許可が無ければ、医師や研究機関が電子カルテを編集・閲覧できない仕組みも実現可能です。

電子カルテ×ブロックチェーン事例紹介

それでは電子カルテ×ブロックチェーンの事例を紹介していきましょう。

MedicalChain

ロンドンに拠点を置くスタートアップ「MedicalChain」(以下、MedicalChain社)は、異なる医療機関や薬局、保険会社の間で、患者の健康情報をシームレスかつ安全に共有できるブロックチェーン「MedicalChain」を開発しています。医師は診察時に患者の病歴などが一元化されたデータにアクセスできるため、より適切な診断を行うことが可能です。

データの所有者である患者の許可が無ければ、たとえ医師であってもEHR(Electronic Health Record)の編集は行えません。また、EHRのデータのハッシュは、ブロックチェーンに記録されるため、改ざん検出を容易にすることができます。

なお、EHRとは過去の検査結果や予防接種、服薬の記録など患者に関する幅広い医療データの集合体のことで、従来の電子カルテとは異なり、他の機関との共有を前提としている点が特徴です。

また、MedicalChain社はイギリスの国民保健サービス(NHS:National Health Service)と連携して、2019年末から同国のMedwayという自治体(人口約28万人)にある、55の診療所から成る「Clinical Commissioning Group」で実証実験を行っています。実証実験では、誤診や患者による処方薬の乱用を防ぐために、同社のMedicalChainが活用されています。

Hyperledger FabricとEthereumを採用

MedicalChainは、Hyperledger FabricとEthereumで構成されています。個人情報へのアクセス制御など、プライバシー要件が求められる機能についてはHyperledger Fabricが担い、Ethereumは患者が自身の医療データを第三者(研究機関や保険会社など)に提供するインセンティブレイヤーとして位置づけられています。

MedicalChain(Ethereum)上では、ERC20ベースの「MedToken」が流通していますが、取引所関連のトランザクションが多く、MedicalChain社が当初想定していたインセンティブとしての利用はあまり活発では無さそうです(2020年6月23日現在)。

MedicalChainでのアクセス制御

MedicalChainでは、ユーザー(患者)が自身のEHRに関する権限をコントロールするように設計されています。医師が患者のEHRを編集したり、他の医師や機関へEHRを共有したりする場合には、患者の許可を得なければなりません。患者によって認証・認可されたユーザーの暗号鍵でなければ、復号することができないのです。

2018年に公開されたホワイトペーパーの段階では、暗号化と復号およびブロックチェーンへの書き込みのフローは以下のようになっています。

https://medicalchain.com/Medicalchain-Whitepaper-EN.pdf

まず、インプットされたEHRデータは暗号化され、セキュアなデータストレージに格納されます。同時に、暗号化されたEHRのハッシュは、ブロックチェーンに記録されるため、EHRの事後的な改ざんは困難です。

暗号化されたEHRは、権限を与えられたユーザの暗号鍵によって復号され、改ざんがされていないかの検証が行われた後、検証済みのデータとして医師などに送信されます。

MyPCR

MedicalChainと同じく、イギリス国民を対象にローンチされたのがプラットフォーム「MyPCR」です。

国民保健サービス(NHS)を利用する最大3,000万人(※)のイギリス国民を対象に稼働しており、規模としては世界最大級の医療データ共有プラットフォームだといえるでしょう(※スマホへのアクセスを許可している国民が対象)。ブロックチェーンベースであるため、患者の医療データの来歴と完全性が検証可能です。

MyPCRでは患者のスマホを介して、プライマリ・ケアに関する情報や患者の健康データ(PCP:Personal Care Pathway)、服薬アドヒアランスへの即時アクセスを提供しています。なお、ここでの服薬アドヒアランスとは、個人の治療計画やPCPに対する患者の継続的なモニタリングと、効果検証のことです。

MyPCRはイギリスで8億ポンドものコスト削減に繋がる可能性を秘めており、服薬アドヒアランスの改善に貢献すると期待されています。

なお、MyPCRを立ち上げた企業のひとつ「Guardtime」は、エストニアの国家システムにも採用されている、リアルタイム改ざん検出システムを開発したブロックチェーン企業です。同社は損害保険プラットフォーム「Insurwave」の開発にも携わっています。

Ali Health(阿里健康、アリヘルス)

最後に中国における電子カルテ×ブロックチェーンの事例を紹介しておきましょう。

中国のEC大手「Alibaba」グループのヘルスケア企業「Ali Health」(阿里健康)は、2017年8月に江蘇省の常州市と提携し、医療データの保護と連携のための実証実験を実施しました。中国の医療機関においても情報のサイロ化は長年の課題だったようです。

実証実験では、地域の保健センターで行われる健康診断で心血管疾患とされた患者の電子カルテを、より専門性の高い医療機関に安全に転送できるかが確認されました。紹介元である保健センターが必要事項を記入した上で、電子カルテをハッシュ化してブロックチェーンに送信、紹介先の病院はハッシュを使って電子カルテが改ざんされているかどうかを検証することができます。

なお、Ali HealthはAlibabaグループにおいて医療事業を担う企業です。オンライン診療サービスのほか、2018年には決済アプリ「AliPay」で来院予約から決済までの全プロセスを完了できるプロジェクト「未来医院」を進めるなど、次世代医療システムへの投資を進めています。

実証実験後の取り組みは明らかになっていませんが、同社の2019年のFinancial Reportでは、データセキュリティソリューションとしてブロックチェーンが位置づけられているので、今後何らかのブロックチェーンサービスがローンチされるかもしれません。

まとめ

本記事では特に電子カルテ(およびEHR)の領域にフォーカスを当てて、ブロックチェーンがどのように使われ得るのかを紹介してきました。

データの改ざん防止やセキュリティ強化、他の機関との安全なデータ連携が主目的であるように思われますが、研究開発が進むにつれて、異なるアプローチが出てくるかもしれません。

ブロックチェーンを基盤とした安全な電子カルテ(EHR)のデータ連携が実現すれば、個々の患者の病気や診断結果、投薬履歴とその効果など、膨大な医療データにアクセスするハードルが下がります。したがって、機械学習(AI)を活用した新たなビジネスが誕生する可能性があるでしょう。

なお、医療分野でのブロックチェーン活用については、電子カルテ以外にも様々なサービスが開発されています。当メディアでも別の記事で解説していますので、興味のある方は以下の記事もご覧ください。

参考資料
診療記録をめぐる課題(下) 改ざん・隠蔽には民事賠償、行政処分を : yomiDr./ヨミドクター(読売新聞)
電子カルテの基礎解説、クラウド型のトレンドや「今後の医療の発展に欠かせない」ワケ
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