【事例】「IBM Food Trust」世界の食品・小売大手が加わるプラットフォームとは?

【事例】「IBM Food Trust」世界の食品・小売大手が加わるプラットフォームとは?

はじめに

私たちの生活に不可欠な食料品は、リコールや食中毒などが問題が発生するケースがあります。このとき、問題の食品がどこで生産・加工され、どんなルートで流通してきたのかを迅速に特定することができれば、最小限のコストで被害を抑えられるかもしれません。

また、時代の変化と共に消費者の購買行動も変容しており、透明性のある食品に付加価値を感じる消費者が増えてきています。

このような課題やニーズの変化を背景に、サプライチェーンでブロックチェーン(分散型台帳技術)が導入され始めています。ブロックチェーンは、改ざん耐性とプライバシーのある情報をほぼリアルタイムで共有できるため、コスト削減や売上の拡大、透明性の向上させるためのソリューションとして選択されているのです。

本記事では既に多くの大手小売・食料品メーカーを巻き込みながら実際に稼働しているブロックチェーンベースのプラットフォーム「IBM Food Trust」を紹介していきます。

IBM Food Trustとは?

IBM Food Trustは、IBMが提供する食品サプライチェーンの追跡ネットワークです。インフラには「IBM Blockchain Platform」が、ブロックチェーンには「Hyperledger Fabric」が採用されています。ユーザーはモジュールとして提供される様々な機能を利用可能です。

IBM Food Trustでは、サプライチェーン上の情報をブロックチェーンに記録し、関係者間で迅速に情報共有をすることで、コスト削減や安全性・追跡可能性の向上を実現しています。なお、ここでの関係者とは、生産者や製造業者、荷主、小売業者、規制当局、消費者など、サプライチェーンを構成する様々な主体のことです。

世界最大手の企業がIBM Food Trustに参画

IBM Food Trustは2018年10月に商用提供が始まり、小売や食料品メーカーの世界最大手である「Walmart」や「Nestlé」を含む80社以上が参画しています。

参加企業一例
Walmart、Nestlé、Kroger、Tyson Foods、Dole、Carrefour、Albertsons、Unilever、Mccormikなど

IBM Food Trustに参画する世界最大手の食料品チェーン「Walmart」は、葉物野菜のサプライヤーに対してIBM Food Trustへの参加を義務付けるなど、大手企業がプラットフォームの一員となるインパクトの大きさが推し量れるのではないでしょうか。

なお、2019年からIBM Food Trustに参加している米食料品チェーン大手「Albertsons」は、義務ではなく推奨に留まっており、サプライヤーに対する要請の強度は参加企業ごとに異なっています。

IBM Food Trustのデータは標準規格に基づき記録される

IBM Food Trustでは、「GS1」の規格が導入されています。GS1は、サプライチェーンの効率性と透明性を向上させるための国際規格を設計・策定する標準化団体です。

IBM Food Trustにおいて、食品の出荷や加工などのイベントデータは、GS1の「EPCIS」(Electronic Product Code Information Services)標準に対応した記述となっています。また、サプライチェーン上の食品や施設(企業や倉庫、小売店など)、配送用のコンテナに付与されているID、ICタグのデータもGS1標準です。

したがって、GS1標準に準拠したデータであれば、容易にIBM Food Trustに統合できるようになっています。なお、EPCISは当メディアの別の記事で紹介した小売サプライチェーン「CHIP」でも導入されています。

参考:小売サプライチェーン×ブロックチェーンのイニシアブ「CHIP」概要

IBM Food Trustが解決する課題とは?

IBM Food Trustは2018年10月のローンチ以前から、1年半を費やして様々な企業と実証実験を繰り返し行っていました。当初は食品の安全性向上が主な課題となっていましたが、現在ではIoTデバイスやビッグデータとの連携によって、サプライチェーン全体の効率化やコスト削減、食品の鮮度維持、食品廃棄物の最小化などの課題解決も実現するプラットフォームとして発展しています。

例えば、物流センターで平均値を超えて商品が滞留していた場合、通知が届き改善が促されます。データが整理され、サプライチェーン全体が可視化されることで、どこにボトルネックが存在し、改善余地があるのかを発見できるのです。

管理用にはGUIのダッシュボードが提供されており、少しの入力で商品の検索や証明書を表示できます。なお、開発者以外のユーザーは、プログラミングやブロックチェーンの知識は必要ありません。

利用イメージ
(https://www.ibm.com/jp-ja/blockchain/solutions/food-trust/modules)

ブロックチェーンを導入するメリット

さて、“ブロックチェーンでのデータ共有”と聞くと、すべての参加者に情報が公開されるのでは?と懸念する方もいるかもしれません。しかし、ネットワークへの参加には認証が必要であり、データの公開範囲も必要に応じて制御可能です(取引先のみにデータを公開するなど)。

さらに、所有者(データの作成者)以外は、開発元のIBMも含め当該データを変更・閲覧・削除することができません。Fabricのようなパーミッション型ブロックチェーンは、複数の当事者間で改ざん耐性と機密性が担保されたデータを共有できるため、IBM Food Trustが焦点を当てる課題の解決に役立つのです。

ブロックチェーンの導入で期待される効果

IBM Food Trustのように、食品サプライチェーンにブロックチェーンを導入すると、どのような効果が期待されるのでしょうか?最後にいくつか想定されるものを挙げておきましょう。

食品汚染被害の拡大阻止

食品に関する問題として、たびたびニュースになるのが食中毒などの食品汚染です。不透明なサプライチェーンは、食品汚染の発生源や購入者の特定を困難にしています。逆に透明性の高いサプライチェーン追跡システムがあれば、発生源の特定と被害の拡大防止を迅速に行えると期待されるのです。

2018年にアメリカでは、ロメインレタスを感染源とする大腸菌の感染が広がり、多くの感染者を出したことがありました。将来的に再発し得るこのような事態に備え、小売大手のAlbertsonsは、2019年にロメインレタスなどのハイリスク食品を、IBM Food Trustで追跡する実証実験を行っています。

食品への信頼性向上による売上拡大

ブロックチェーンによるサプライチェーンの効率化はコスト削減効果だけではなく、売上増加に繋がる可能性を秘めています。例えば、フランスの大手小売業者「Carrefour」(カルフール)は、IBM Food Trustで肉や牛乳、果物などの20種類の商品を追跡し、透明性を向上させた結果、売上が増加したと報告しています。

このような売上増加は、消費者の価値観の変容が背景にあるかもしれません。

28カ国で計18,980人の消費者を対象として実施された調査レポート「Meet the 2020 consumers driving change」によれば、消費者の購買行動は大きく変化しており、回答した消費者の73%が商品のトレーサビリティを重要だと考えているようです。さらに、そのうち71%が透明性の高い商品に対してプレミアム(追加料金)を支払うと回答しています。

はっきりとした因果関係は明らかではありませんが、実際にCarrefourの事例では、IBM Food Trust上で追跡されたチキンとそうでないチキンでは、前者の方が売上が高くなったと報告されています。

まとめ

IBM Food Trustのようなブロックチェーンベースのコンソーシアムにとって、いかに多くの参加者を巻き込めるかは、ひとつ重要なマイルストーンとなります。小売と食料品メーカーの世界最大手を含め、多くの大企業が参加しているIBM Food Trustは、業界の代表的なプロジェクトとして今後も拡大していくでしょう。

Carrefourが売上を伸ばした事例や、商品の透明性にプレミアムを支払うという価値観の変容などを踏まえると、ブロックチェーンによるトレーサビリティ強化や透明性の向上は企業にとって長期的なメリットがありそうです。

参考資料
IBM Food Trust – Blockchain for the world’s food supply
World’s Second-Largest Grocer Joins IBM Food Trust Blockchain
IBM Food Trust blockchain network available, Carrefour joins retailer roster
Carrefour says blockchain tracking boosting sales of some products
Home · IBM/IFT-Developer-Zone Wiki · GitHub
Albertsons Joins IBM Food Trust Blockchain Network To Track Romaine Lettuce From Farm To Store
Meet the 2020 consumers driving change – Why brands must deliver on omnipresence, agility, and sustainability

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